残された妻「社会が変わる礎に」 盲導犬連れ死亡事故から1年
東京都港区の東京メトロ銀座線青山一丁目駅のホームから、盲導犬を連れた会社員の品田直人さん(当時55)が転落し、亡くなった事故から1年になる。妻の直美さん(53)は「家族にとって主人の死は深い悲しみだが、社会が変わる礎になってほしい」と話した。
「ご主人がホームから落ちた」。昨年8月15日夕、直美さんの携帯電話に品田さんの職場から連絡が入った。この日は品田さんの55回目の誕生日で、いつものように好物のアイスケーキを買った直後だった。ツイッターを検索すると、次々と駅の様子が投稿されていた。
「ただ事じゃない」と病院に向かった。
2人はクリスチャンで幼なじみ。北海道で知り合った。大人になって再会し、結婚。19~24歳の男女4人の子どもに恵まれた。
品田さんは宣教活動のためフィリピンで家族と暮らしていたが、40歳のころ、次第に視野が狭まり、色の識別が難しくなる病気になっていることが分かった。
それでも気持ちは前向きだった。帰国後、北海道で幼稚園長を務めた。園児には「一人ひとりが大切な存在なんだよ」と繰り返し、卒業文集には「やさしいこころをわすれないでくださいね」と記した。「1人でも行動できるようになりたい」と2011年、盲導犬と暮らす道を選んだ。
その後、障害者の自立を支援する会社に入社。昨年3月、東京に転勤して家族で移り住み、障害者に英語やビジネスマナーなどを教えていた。
ホームから転落したのは職場の最寄り駅だ。盲導犬ワッフル号とは2年以上のつきあいで、新しい環境にも慣れていたはずだった。事故後、東京メトロから直美さんに「説明したい」と連絡があり、同社の会議室に行くと問いかけられた。「映像をご覧になりますか」
直美さんはしばらく考えた。見たくない気持ちと、何があったか知りたい気持ちと。通常、映像の開示はしておらず、特別な対応になるという。「お願いします」と告げた。
パソコンの画面で説明を受けながら、普段と当日の動きを順番に見せてもらった。品田さんは普段、ホームに電車が到着すると左手を前に出して車両を探しながら前進し、電車に触れて乗り込んでいた。ところが事故の日は、向かい側のホームに電車が入って来た直後、いつもの動作で車両を探しながら線路の方に向かって歩き出し――。
「音が反響し、自分側の電車が来たと勘違いしたのかもしれない」と直美さんは考えている。ワッフル号はホーム上に残されていた。
花束やお見舞いの手紙が知らない人からも届いた。国や鉄道各社はホームドアの設置を進めるという。「主人が一番大事にしていた『ありがとう』という言葉をみなさんに伝えたい」。13日、品田さんとの思い出がつまった北海道で、納骨を終えた。
(力丸祥子)
国土交通省によると、視覚障害者がホームから転落する事故は2014年度に80件、15年度に94件、16年度に69件。品田さんの事故後も、大阪や埼玉で死亡事故が起きている。ホームドアの設置は全国約9500駅のうち686駅(16年度末)にとどまっている。国交省は昨年末、1日10万人以上が利用する260駅のうち、ホームドアが設置可能な駅は原則20年度末までに設置するよう目標を掲げた。昨年度末時点で84駅が設置済み、20年度末で合わせて148駅で完了見込みだが、それでも6割弱だ。
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