安易なミックス犬やミックス猫の繁殖 消費者の嗜好が犬や猫の深刻な遺伝子疾患を生む
2004年にマサチューセッツ工科大学を中心とするチームによって犬のゲノム配列が解読されて20年が経ち、犬の遺伝性疾患についての研究は大きく進んでいる。これまでに原因遺伝子が一つに特定され、検査方法が確立された遺伝子疾患は、犬で約300ある。繁殖業者が検査を徹底すれば原因遺伝子を受け継ぐ犬を減らせる環境は整っているはずだが、一部を除いて遺伝性疾患は思うようには減っていない。
なぜなのか。
朝日新聞社の太田匡彦記者の著書『猫を救うのは誰か ペットビジネスの「奴隷」たち』(朝日文庫)から一部を抜粋・編集し、紹介する。
遺伝性疾患の「予防」、繁殖業者側にひそむ問題
遺伝性疾患の発生を抑制するには、親の検査を進め、原因遺伝子を持つ親を繁殖に使うのをやめたり、発症する可能性のない組み合わせで交配させたりといった対策が不可欠だ。ペットショップチェーンが行っている、原因遺伝子を受け継いだ子犬・子猫を見つける検査では、消費者を守ることはできても、病気の犬猫を減らす「予防」にはつながりにくい。子犬・子猫の検査結果をショップが繁殖業者にフィードバックしたとしても、その情報を生かして交配する組み合わせを見直すかどうかは繁殖業者次第だ。鹿児島大学共同獣医学部の大和修教授(獣医臨床遺伝学)はこう話す。
「ほとんど見られなくなりつつある疾患もあることから、予防は現実に可能だ。子ではなく、やはり親の検査こそ進めていくべきだ」
17年から犬猫の遺伝子検査事業を始めている、ペット保険大手のアニコムホールディングス(東京都新宿区)。小森伸昭社長も、親犬・親猫の遺伝子検査をすすめることが重要だと考える。「検査結果によって交配相手を変えるのが目的であり、デメリットはない。人が飼いやすいように、かわいいと思えるようにつくりあげてきたのがペットの犬や猫。ペット文化を続けるためには、調べられるものは調べ、人の都合と、遺伝性疾患をなくしていくこととを両立させないといけない。その責任が人にはある」と話す。
一方で、大手ペットショップチェーンAHBや一部のペットオークションなどが親犬・親猫の遺伝子検査を進めても、効果的に減らない遺伝性疾患がある要因として、繁殖業者側にひそむ問題に言及する。「繁殖業者のほうで個体識別ができていないところが少なくない。繁殖に使う犬猫に名前をつけ、名前で呼ぶ業者は多くはない。すると、検査をしていても、実際に交配する段階で手違いが起きる。思いとうらはらに、きっちりコントロールできない」(小森氏)
「すべては人によるセレクションの結果」
なぜ、犬種や猫種に特有の遺伝性疾患が存在するのか。探っていくと、子犬や子猫を買い求める消費者の側にも問題があることが見えてくる。犬種や猫種に特有の遺伝性疾患が発生する背景には、人がそれぞれの犬種・猫種をインブリード(近親交配)しながら固定化してきた歴史がある。
たとえば犬の「変性性脊髄症(DM)」は、ウェルシュ・コーギーの約8割が原因遺伝子を持っていることで知られているが、その保有率は低いものの100以上の犬種で見られる。こうした多犬種に見られる疾患は、オオカミから犬に家畜化された初期のころに遺伝子の変異が起き、多くの犬種に受け継がれたと考えられる。一方で柴犬以外では報告事例がほとんどない「GM1ガングリオシドーシス」は、柴犬という犬種を作った後に遺伝子変異が起きている。「すべては人によるセレクションの結果だ」と大和教授は言う。
「歴史」のなかに限った話ではない。現在進行形で、消費者の嗜好(しこう)が影響を与えもする。
筒井敏彦・日本獣医生命科学大学名誉教授は、この数年で明らかに減らせている疾患があると指摘する一方で、「特定の犬種、猫種のブームが起きると、業者がその品種の数を増やすことに集中し、健康な子犬・子猫を繁殖するという原則から外れていく心配がある。無理に(発症はしないが原因遺伝子を持つ)キャリアの犬猫を繁殖に使うようなリスクも高まる」と話す。
犬では、プードルやチワワ、ダックスフントなど特定の犬種に人気が集中する状況が続いている。そのなかで、たとえばチワワでは最近になって、「神経セロイドリポフスチン症(NCL)」の発症事例が散見されるようになっているという。NCLは運動障害や視覚障害などの脳機能障害を起こして死ぬ疾患で、有効な治療法はない。これまではボーダーコリーで発症する事例が多かったが、繁殖業者側の対策が進み、ほとんどみられなくなっていた。
「チワワではキャリア率が1~2%になっていて、注視している。チワワの販売頭数でこの確率だと、原因遺伝子を持つチワワはかなりの頭数にのぼる。ブームで数多く繁殖することで、遺伝性疾患が顕在化しやすくなる事例の一つといえるだろう」(大和教授)
「高く売れる犬猫」を「なるべく多く」
別の犬種・猫種の組み合わせから生まれたいわゆる「雑種」であれば、それぞれに特有の原因遺伝子を受け継いで発症するリスクは減るとされるが、予期せぬ遺伝性疾患が出たり、組み合わせによってはかえって深刻な結果を招いたりすることもある。
最近では様々な犬種・猫種をわざと掛け合わせ、一代限りの雑種を繁殖して「ハーフ」や「ミックス」と呼び、ペットショップなどが販売する事例も増えている。組み合わせによっては純血種よりも高値が付き、人気を集める。
だがたとえば、短足が人気のマンチカンと折れ耳が人気のスコティッシュフォールドの組み合わせについて、元日本大学教授の津曲茂久氏(獣医繁殖学)は「一番望ましくない交配だ」と断じる。マンチカンも軟骨無形成症という骨形成に問題が出る遺伝性疾患を持っており、骨軟骨異形成症を抱えるスコティッシュフォールドと組み合わせることで、より深刻な骨の病気を起こすリスクがあるという。「繁殖業者や飼い主は、見た目のかわいさだけで犬猫を選択しないことが重要だ」(津曲氏)
津曲氏によると、英国や米国では、繁殖業者をたばねる血統登録団体が中心となり、親の遺伝子検査の結果をデータベース化するなどして対策を進めている。特に英国では犬について、疾患によっては、検査法が確立してから2~4年で12~86%、8~10年では約90%も原因遺伝子の保有率(変異率)が減っていて、「ブリーダーと飼い主の意識の高さがうかがえる」と話す。
解決策はやはり親の遺伝子検査ということになるわけだが、津曲氏は「日本では、減らせるはずのものがなかなか減らない。業者の意識も問題だが、買う側のニーズが最大のネックになっているのでは」と指摘する。
繁殖業者は結局、「高く売れる犬猫」を「なるべく多く」繁殖しようという誘惑には、勝てないものなのだ。
大和教授もこう話す。「ブームを作り出す消費者の意識が、遺伝性疾患が増える根源となっている。消費者は自分の嗜好が市場を作りだし、犬猫の値を決めている自覚を持ってほしい。消費者が知識を持ってくれたら、事態は改善されていくはずだ」
※登場する人物の所属先や肩書、年齢、団体・組織の名称、調査結果のデータなどはいずれも原則として取材当時のものです
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