愛情深い人もいれば飼い主を失った犬猫も イタリアから見えたウクライナのペットたち

最初は家族に捨てられた時、今度は戦争から逃げるため。不安の中、移動させられる保護犬たち(c)LAV

 ラブラドール・レトリバーのグレース、猫のニーニとジージョ、メイメイと暮らす北イタリアのトリノから、たった2000キロしか離れていない地続きのウクライナで戦争が起こった。2月24日のあの日から、コロナのことなどすっかり忘れてしまったかのように、人が集まれば話題は戦争のことばかり。私の住む地域から見える、戦争とペットたちの様子を伝えます。

(末尾に写真特集があります)

動物もパスポートが必要だが特別に入国可能

 テレビもインターネットでも、戦争のニュース一色だ。爆撃を受けてめちゃめちゃになった街並み、生まれ故郷や家族と離れて避難を余儀なくされる人々の涙、つらい表情を見ては胸が痛み、思わず目をそらしたくなる。

 ところが侵攻が始まって数日後のある日、私の目はテレビの画面に釘付けになった。リュックから顔だけ出した猫を連れて、国境を越える列に並ぶ人が映っていたからだ。(参考:The Guardianに掲載されているペットと逃れる人々の様子

 ヨーロッパの人々は、EU圏内であればパスポートを持たずに国外に行くことができる。正確にいえばシェンゲン協定に加盟した国間の移動が自由で、協定には26カ国が加盟している(ただし私のような居住外国人はパスポートを持たないとダメ)。ところがその協定は動物の移動には適用されない。だから動物を連れて国境を越えるためには、その動物のパスポートが必要だ。

 ペット用(犬、猫、フェレット)パスポートには、名前、性別、毛色などの記載はもちろん、顔写真を貼るページまであってちょっと笑える。飼い主ならまだしも、同じ種類、同じ毛並みの犬猫を検査官が見分けられるのだろうか? 

 そしてマイクロチップの登録があること、飼い主として記載された人物だけが連れて移動できること、パスポート申請前に狂犬病のワクチン接種を済ませていること、3カ月前から健康であることを証明する血液検査をしていること、などの記載が義務付けられている。つまり一朝一夕にはペットのパスポートは作れないということだ。

今、我が家で預かっている猫・メイメイちゃんの作成途中のパスポート

 シェンゲン協定加盟国ではないウクライナから、加盟国に入国するのも同じ条件が必要とされる。パスポートのないペットたちは置いて行かれてしまうんだろうか? あのテレビに映っていた猫を連れた人は、たまたまパスポートを持っていたの?

 気になって調べてみると、ウクライナと国境を接していて、ウクライナからの避難民を200万人以上受け入れているポーランドでは、マイクロチップなど通常は必須の条件を満たしていない犬猫も、ロシア侵攻に関わる特別措置として入国できることにしたのだそうだ。飼い主と一緒に国境を越えた後、安全な場所で、ペットたちは所定のワクチンや検査を受けることができる。IFAW(国際動物福祉基金)によると、イタリアやフランスなど、他の多くの国がポーランドに倣った。

 なんて素晴らしいんだろう。その日から気をつけてニュース映像を見ていると、確かに猫や小型犬をバッグに入れて避難列車に乗っていたり、防空壕(ごう)がわりに使われているという地下鉄の構内で、人々と一緒に寝泊まりしている動物たちの姿をよく見かけた。ウクライナの人たちもペットを大事にしているんだな、とうれしくなった。

いつもの公園に行ったら、戦争反対の行進をしていた子どもたちにわやわやにされた愛犬のグレース

シェパードを担いで国境を越えた家族

 でもちょっと気になることがあった。避難する人々の映像の中に、大型犬の姿をあまり見かけない気がしたのだ。場所を取る大型犬は、邪魔にされていないだろうか? 避難所や列車に、入れてもらえているのだろうか? 大型犬のグレースを飼っている私としては、とても気になった。

 そんなある日見かけたのは、12歳のジャーマン・シェパードを肩に担ぎ、17キロ歩いて国境を越えたという、アリサさんとその家族のニュースだった。

 キーウ(キエフ)から車でポーランドを目指したが、国境まであと17キロという時点で渋滞が激しくなり、車を捨てて歩かなければならなかった。ところが12歳の愛犬Pulyaが、途中で歩けなくなってしまった。

 ヒッチハイクをして犬だけでも乗せてくださいと頼んだけれど、誰もが首を横に振った。犬なんか置いていけばいいという人さえいた。「嫌だ、絶対に置いて行かない、家族の一員なんだからずっと一緒だ」とアリサさんの夫がPulyaを背中に担いで歩いた。シェパードだから体重は40キロぐらいはあるかもしれない。寒くて雪も降っていたし、何日も寝ていなかったと記事には書かれていた。それでも国境まで一緒に歩き続けた、そんな物語だった。

 それなのに、国境へ着いた途端、今度こそは逃れられない別れが待っていた。アリサさんの夫は国境を越えることはできないのだ。ウクライナ政府は、18歳から60歳までの男性全員を、戦闘要員として国に残ることを義務付けたからだ。

愛情深く待つ飼い主、飼い主を失った犬猫たち

 飼い主の愛情の深さに胸が締め付けられる、こんな写真ニュースも話題になった。爆撃が始まって避難する途中、おびえて動けなくなってしまった大型犬を、飼い主の男性がうずくまって抱きしめている写真だ(2枚目)。

 ヨーロッパで毎年恒例の、年末年始を祝う打ち上げ花火や爆竹でさえ、動物たちにとってはものすごい恐怖だと言われている。爆音のせいで心臓まひを起こしたり、パニックになって暴れ、暴走して車にひかれたり、何かに激突して死んでしまう動物も多いという。

 昨日まで平和に暮らしていたのに、いきなり戦場になってしまったウクライナの動物たちは、どんなにか怖がっているだろう。この写真の大型犬の飼い主のように、愛情深く、忍耐強く、怖がる犬を待ってくれる人ばかりではないだろう。

 実際、残念ながらウクライナから届く廃虚のようになった街並みを映すニュース映像の中に、飼い主がいなくなって途方に暮れたような犬や猫たちの姿を何度も見かけた。急に戦争が始まってパニック状態になり、自分のことしか考えられなかった人もいただろうし、爆撃などを受けてペットと離れ離れになってしまった人、亡くなってしまった飼い主もいるだろう。

 飼い主の死体のそばにうずくまるシェパード、爆撃を受けて誰も住めなくなった家の前で飼い主を待つ秋田犬、そんな犬たちの姿もソーシャルメディアを賑わせ、涙を誘った。自分の飼い犬と、世話をしている保護施設の犬たちのために、逃げずに残り、爆撃に遭って亡くなってしまったサーシャさんという女性もいた。

(続きは4月23日公開予定です)

宮本さやか
1996年よりイタリア・トリノ在住。イタリア人の夫、19歳の娘、ラブラドール・レトリバーのグレース、猫のニーナとジージョと暮らしつつ、日本とイタリアの「食」を発信するフードライター。ブログ「ピエモンテのしあわせマダミン2」

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