「最良の友」は犬か猫か 家畜化で猫が「イヌ化」している?

 犬は「フレンドリー」だけど、猫は「ツンデレ」。猫好きにはたまらないその魅力が変わるかも
しれない。人工繁殖と給餌が野性を奪い、「犬っぽい猫」を増やしているのだとしたら──。ペットの世界に異変が起きている。

犬のような猫?

 都内のとあるマンションの一室。飼い主の女性(30代)が帰宅すると、

「アンアン」

 と鳴いて出迎えたのは、犬ではなく猫のるりお(6)だ。生後間もなく河川敷で捨てられていたのを拾われてから、ずっと飼い主と一緒に室内で暮らしている。

 お気に入りの場所は、パソコンの裏。作業中の飼い主をずっと見守る。

「るりちゃん」

 と飼い主が声をかけると、すぐに寄ってくる。ひっくり返って、前脚で後頭部を指して、「ここを撫でろ」と催促。

 飼い主が入浴中には脱衣所までついてきて見守っているので、自由に行き来できるようにドアは開けている。女性は確信する。

「るりちゃんの前世は犬です」

 るりおは、呼べば近寄り、撫でられたがり、飼い主とのコミュニケーションが大好きだ。

 飼い主に対してどこまでもフレンドリーな犬に対して、“ツンデレ”な猫。人との積極的なコミュニケーション行動は犬の特徴で、これまで猫ではあまり見られないとされていた。

 ところが最近、るりおのような年中愛想のいい“犬っぽい”猫の姿がSNSなどを中心に多く見られるという。まさか、猫が「犬化」しているのか──。

ツレナイ猫と懐く犬

 従来、猫は人に対してどのように振る舞う動物と思われてきたのだろう。実験室で扱いにくいため、犬と比べてデータが少ないが、最近では猫人気もあり、猫と人のコミュニケーションに関する研究が増えている。

「猫は人の表情を区別したり、飼い主の注意状態をちゃんと理解したりしていても、それに対して積極的に反応しないことが多いので、ツレナイように見えます」

 と、猫と人のコミュニケーションの研究に取り組む、武蔵野大学講師の齋藤慈子さんは説明する。齋藤さんらの研究でも、猫は飼い主の声を他人の声と聞き分けているが、それに対して鳴いたり、しっぽを動かしたりするなどして積極的にコミュニケーションをとろうとしないという結果が出ている。名前を呼ばれたらすぐにしっぽを振って近寄っていく犬とは対照的だ。

 さらに、猫は知らない人に対して警戒するが、飼い主には無警戒にもかかわらず、飼い主が撫でたときのほうが、見知らぬ人のときよりも噛み付いたり睨んだり耳を立てたり、ネガティブな反応をすることが多いという研究結果もある。

「猫は冷たい態度を取りながら実は信頼しているという、ツンデレだといえるでしょう」

 と齋藤さん。自身も猫を飼っている愛猫家だ。

家畜化の度合いが違う

 人に媚びない、そっけないという、一見マイペースな振る舞いが魅力の猫。この猫が、あたかも犬のようにあからさまに人に懐く振る舞いをするようになる「犬化」は、実際に進んでいるのだろうか?
「そういえば、うちの猫は犬みたいという話は、最近、猫の飼い主の間でよく聞くようになりましたね」

 仮説だが、と前置きして、齋藤さんはこう続ける。

「もしかしたら、飼い猫の不妊・去勢処置が浸透してきて、猫の家畜化が進んでいる影響があるのかもしれません」

 家畜化とはどういうことか。

 犬と猫は人と一緒に暮らす「伴侶動物」だが、実は、この二者には大きな違いがある。それが「家畜化の度合い」だ。繁殖がコントロールされることで遺伝的な傾向が人によって左右され、より人にとって扱いやすい家畜化が進む。飼い犬の多くがペットショップなどで購入され、さまざまな犬種が確立していることは、家畜化が進んでいることと同義だ。

野生の血のなせる業が

 一方、猫は犬と比べると自由に交配をして繁殖するため、犬ほど家畜化は進んでいない。猫の繁殖の97%が、人のコントロール下ではないという報告もある。猫が一見自由気ままで人に媚びないのは、人工的な繁殖がされずに「野生の血」が残っているからといえそうだ。

 そこで、問題の「犬化」だ。家畜化が進むことで、従来犬のものと思われていた性質を持つ猫は確かに増えつつあるらしい。

「ここ最近で野良猫の保護が進み、飼い主による繁殖管理もますます進むでしょうから、そのスピードは増していくのではないでしょうか」

 と齋藤さんは推測する。

 上のグラフは、猫の不妊手術や去勢手術の実施率の推移。複数のアンケートをもとにしているため一概に比較はできないものの、ここ数年は8割近くが飼い猫の不妊や去勢をしていることがわかる。

 とはいえ、ペットフード協会の調査(2016年)では、飼い猫の入手先として回答者の約4割が「野良猫を拾った」としており、まだ繁殖コントロールはその途上にあるようだ。ちなみに同調査では、飼い犬の入手先として「野良犬を拾った」と回答したのは、わずか2.5%。飼い犬の多くは、人工的な繁殖で生まれていることがわかる。

 そもそも家畜化とは、どのように進んでいくか。家畜化の先輩である犬を見ていこう。

早かった犬の家畜化

 人類の最古の友とも言われる犬。約1万5千年前に、オオカミの中で人になれやすい個体が、人と一緒に暮らすようになり、種として分かれて犬になったと考えられている。オオカミと犬では遺伝的な特徴が明確に異なるが、これは人になれやすい個体同士が交配を繰り返すなどして、自然に作り出された「自然選択」の結果だ。

 だが、この段階ではまだ完全に伴侶として最良の動物とはいえない。

「家畜化が急速に進んだのは、実は比較的最近のことなんです」

 と話すのは、犬と人とのコミュニケーションの研究をする帝京科学大学講師の今野晃嗣さんだ。

 家畜化には、オオカミから犬になった時に起こった遺伝的な自然選択と、もう一つ、人の手による品種改良で犬種が作り出される「人為選択」の2段階のステップがある。犬の人為選択が進んだのは、近世ヨーロッパで犬種を管理する団体ができて、計画的な育種が行われるようになった、ここ300年ほどの出来事なのだという。

 一方の猫では、家畜化の第1ステップが起こったのは、約1万年前。遺伝子解析の研究から、猫の発祥は中東で、祖先種であるリビアヤマネコから現代のイエネコに連なる種が現れたと考えられている。

 当時は農耕が始まったばかり。穀物倉庫を荒らすネズミを捕食するために人里に近づいてきたリビアヤマネコが人になれるようになり、猫という種に分かれた。ところが、犬と決定的に違うのは、人と暮らすようになっても、猫は長く半野生のような生活が続いたことだ。

「猫に、犬のように『品種』が生まれたのはごく最近です。犬と比べて、とても緩やかなのが猫の家畜化です」

 と、人と猫の関係を遺伝子から調べている京都大学大学院博士課程の荒堀みのりさんは言う。

 もっとも、繁殖がコントロールされる人為選択がなく、保護猫や野良猫を拾って育てるとしても、人に懐きやすい猫が飼い猫になる傾向があるため、ここで自然選択が起こり、緩やかな家畜化が徐々に進んでいるとは言えるのだそうだ。

懐きやすさは遺伝

 では、家畜化が進むこと=フレンドリーになることであり、犬っぽい猫は今後どんどん増えていくのだろうか?

「人への懐きやすさには、遺伝的な要因が強く働いているようです」

 と、荒堀さん。過去の研究では、もともと人に懐く猫の子どもは、そうでない猫の子どもに比べて、人懐こいという研究結果がある。

 犬でも同様に、人懐こさは遺伝的な影響が強い。たとえば犬のコミュニケーションで特徴的なアイコンタクト。

「多くの動物では、アイコンタクトは敵意や警戒心を呼び起こしますが、犬は人とアイコンタクトをとることで、より親密な関係をつくっています。これはとてもまれなことなんです」

 と、前出の今野さんは話す。

 人とのアイコンタクトの仕方が、犬種によってどう異なるのか調べたところ、遺伝的にオオカミに近いシベリアンハスキーなどの犬種では、ラブラドルレトリバーなど遺伝的にオオカミから遠い犬種と比べて自分から人に対してあまりアイコンタクトをとらなかった。実験では、目の前にある餌にふたをして、近くにいる人に対して犬がアイコンタクトで助けを求めるかどうかを調べた。

 猫でも、こうしたアイコンタクトによる人とのコミュニケーションは知られている。前出の齋藤さんらの研究からは、餌をあげるために「猫を注視するだけ」「名前を呼ぶだけ」「注視しながら名前を呼ぶ」の三つのパターンで注意を引くと、注視しながら名前を呼ぶ人のところへ行くことがわかった。

 もうひとつ、フレンドリーさのカギを握るのが、「オキシトシン」と呼ばれるホルモンだ。

 出産や母乳を出すのに関わるホルモンだが、親子関係を認識したり、人間同士の信頼関係に関与したりしている。

「犬でおもしろいのが、オキシトシンが人と仲良くなるのに働いているということです」

 と今野さん。

 ここで気になるのは、「猫にも人との関係構築に、オキシトシンが役立っているのか」だろう。前出の荒堀さんは、猫のオキシトシンに関連する遺伝子の個体差と、猫の人とのコミュニケーション行動の関連を調べているが、残念ながら現段階では明らかになっていないという。

真の友は犬か猫か

 犬だけでなく、猫も遺伝に加え家畜化によってより積極的なコミュニケーションをとる性質を備えているのだとしたら、なぜ犬の家畜化のほうが先に進んだのか。前出の今野さんはその理由をこう考察している。

「犬は人をかみ殺せるんです。だから、なるべく早く家畜化して人に懐くようにしないと、危険で仲良く暮らせなかったのではないでしょうか」

 そしてこう続ける。

「ただ、家畜化されてまで人と一緒にいてくれるのだから、犬こそが人の真の友達なのかもしれません」

「人類最良の友は犬」説に、愛猫家は疑義を唱えるかもしれない。猫は繁殖のコントロールを免れ、人によって家畜化されなかったにもかかわらず、1万年にもわたって、私たちと仲良く暮らしてきたという厳然とした事実がある。

「家畜化されなくても、猫は友達でいてくれている。これこそが、猫が人類の真の友達であるということだと思うんです」

 と前出の齋藤さんは考えている。

 家畜化が進まなかった理由の一つには、猫の肉食習性がある。犬と違い、人から餌をもらうだけでは栄養状態が維持できず、野生で狩りをする必要があったためだと考えられている。人から完全な餌付けをされない。それが人のそばにいながら自由をすべて奪われずに共生できた猫のありようだ。

 だが、最近ではペットフードが充実してきたため、その猫の「独立性」は危うい。現代は美味な餌を人から生きていくに十分過ぎるほど与えてもらえる。飼い猫のほとんどにとって、ネズミ捕りは生存のためではなく、娯楽ともいわれる。

 1万年前から人につかず離れず距離感を保ちながら野性を残してきた猫。その存在の奇跡は今後、進む家畜化で変化していくと見られている。その時には、犬と猫、どちらが「最良の伴侶」の座に就いているのだろうか。

(編集部 長倉克枝、写真部 松永卓也)

まるごと1冊「猫」を特集したAERA(朝日新聞出版)の増刊「NyAERA(ニャエラ)」から選りすぐった記事です。

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