「元気過ぎる犬」が、挫折から立ち直るきっかけをくれた

皆川さんの足の間でくつろぐマイト
皆川さんの足の間でくつろぐマイト

「ジャックラッセルテリアと暮らしてみたい!」


 神奈川県在住の皆川智之さん(45歳)が、この犬に憧れを抱いたのは約14年前。その頃、皆川さんは人生の大きな“節目”にいた。


「僕は沖縄で生まれ、両親と大阪に住み、29歳で夢を求めて単身上京しました。あるベンチャー企業に勤めたんです。でも数年で会社が傾き、退職に追い込まれてしまって」

 

(末尾に写真特集があります)


 2002年、31歳の時だった。収入を失い、路頭に迷った。生活を立て直そうと模索するさなかに出会ったのが、3歳年上の利絵さんだ。東京・世田谷のアパートで同棲を始めたが、お金がないためデートは近場。動物好きな2人は、当時、二子玉川にあった「いぬたま・ねこたま」(動物とのふれあい型テーマパーク)によく出かけ、そこで「アトム」というジャックラッセルテリアに出会った。


「短足で不細工で、なつかないので不人気。でも強く惹かれ、何度もアトムに会いにいきました。その後、映画『マスク』に出演した犬に惚れ、『Say Hello ! あの子によろしく。』という糸井重里さんの愛犬が描かれた本を読んで、完全にロックオン(笑)。僕らもジャックラッセルと暮らしたいと話し始めたんです」


 犬と暮らすことを目指して働き、やっと生活も安定した。2006年10月、川崎市のペット可マンションに移り、同年12月、自分たちへの“クリスマスプレゼント”として、念願のジャックラッセルテリアを迎えることにした。


「ペットショップに2匹いたんですが、体が大きく売れ残りそうな子を選びました。『マイト』の名前の由来はダイナマイト。ドカンっと飛ぶように暴れるのと、彼女と最初に暮らした世田谷のアパート裏に、小林旭さんが住んでいたので、愛称“マイトガイ”からもらいました」


 マイトを迎えた翌年の春、皆川さんは利絵さんと故郷の沖縄で結婚式を挙げた。マイトも飛行機で連れて行き、式に参列させた。


「どん底に落ちた時は、数年後に結婚できるなんて、まして愛犬と一緒に挙式とは想像もしていなかったので、嬉しかった。僕らがマイトと暮らす決め手にもなった本『Say Hello! あの子によろしく。』も引き出物に入れました」

 

沖縄での結婚式にはマイトも参列した
沖縄での結婚式にはマイトも参列した

 ただ、元気の良さや個性的な性格は想像を超えていた。


「とにかく運動量が多く、活発で、見て見てという承認欲求が強くて、なんでも破壊する。小型なのに大型犬が好き。よくも悪くも期待以上のことをやらかす犬(笑)。チワワやミニチュアダックスなど小型の愛玩犬とは性質がまったく違う犬なのだと改めて気づかされ、そこからは”良い所“はもっともっと褒めて伸ばしてあげようと思うようになりました」

 

富士山とマイト
富士山とマイト

 休日には、山か湖のある長野、山梨、静岡県などに一緒に出かけた。キャンプをしたり、犬が遊べる施設に行ったり。マイトは山登りや水泳をとても楽しんだ。


「マイトは夜遅くまで一緒に焚き火に付き合ってくれる。でも眠くなったら勝手にテントにズカズカ入っていって寝袋に入りこんで眠るんです(笑)」


 子どもであり、相棒でもあるマイトと皆川さん夫婦は強い絆で結ばれた。


 だが、2014年、マイトが8歳の頃、膝にアクシデントが起きた。右足に前十字靭帯断裂を発症。その2年後には左足にも同じ症状が表れた。


「高い所から飛んで、登ったり下りたり、繰り返すことが好きで、やり出したら止まらない。徐々に疲労が蓄積していたのか、散歩の時にいきなり片足を上げて。レントゲンの結果、前十字靭帯断裂の診断でした。手術をしましたが、その後に左足も発症。今、マイトの両膝にはプレートが入っていますが、手術で片足30万円ずつ。治療費も想像を超えていましたね」


 今年に入ってから、視力にも変化が起きた。進行性の網膜の病で、治療法はないという。皆川さんにとってもショックなはずだが、前向きにこう話す。


「病気とうまく付き合っていくしかない。室内では今までの環境をそのままに、散歩時にはリードを短く持って急な飛び出しなどに注意しています。現実を受け入れ、どうするか考える。これって全部、今までのマイトとの暮らしで教わってきたことです。多様性っていうか、今の仕事にも生かされているんですよ」


 皆川さんは現在、生活困窮者への生活・就労支援活動を行うNPO法人「ふれんでぃ」で、理事をしている。住まいに困っている人を保護したり、仕事を紹介したりする活動だ。


「野宿者や生活保護受給者はともすると怠け者だとか、自己責任だとか捉えられがちですが、一人ずつ向き合うとそういう人ばかりでない。人はそれぞれ。こうあるべきだという考えを捨てることで、少しずつ人間関係が築けるようになりました」


 時々、マイトを職場でもある生活・就労支援の寮に連れていくことがある。


「NPOの寮長も猫を保護して飼っているんですが、しんどい生活で心を閉ざした人が、犬や猫を見て表情を変え、自ら触れ合おうとすることがあります。マイトを介して、コミュニケーションを取りづらい方との会話につなげることもあるんですよ」


 純粋な生き物の温もりに触れて、生の喜びを感じる。そして力強く立ち直る。誰よりも皆川さん自身が、知っていることなのだ。


(藤村かおり)

sippo
sippo編集部が独自に取材した記事など、オリジナルの記事です。

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