保護した直後に猫が出産! ドーナツ屋さんの激動の1年半
猫顔など人気の「どうぶつドーナツ」を開発・販売している「イクミママ」こと中尾育美さん(46)は、自宅でも猫たちと一緒に暮らしている。その猫たちとの生活は、夫の中尾和善さん(43)とメス猫の不思議な出会いから始まった。
(末尾に写真特集があります)
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「猫を拾っていってもいい?」
偶然1匹の猫と出会い、和善さんが妻の育美さんに急いで電話をしたのは、昨年3月のこと。
仕事で千葉県船橋市に行った時、幹線道路沿いの茂みに、ミャーミャー鳴く1匹のメス猫がいた。目が合うと、猫は足元に寄りグルグル甘えてきた。生後1年にも満たない感じで、人懐こかった。
「どうしたんだろう?」
通りかかった年配の女性が「捨て猫なの?」と言いながら歩いていった。猫は後を追うように女性についていったが、“飼ってもらえない”と悟ったのか、くるっと向きを変えて、再び和善さんのほうに戻ってきた。
「『あなたしかいない』というような、切ない目で見られて(笑い)。近所の男性に聞くと、地域猫として可愛がられたようで、その人も飼えないと。『キャリー貸すけど、どうおにいさん?』といわれて心が決まりました」
神奈川県の自宅には、「まる」という名の猫がいた。ドーナツの仕事をするため京都から育美さんが上京した後に、保護した雌猫だ。まるとの相性が気になったが、「運命的なもの」を感じて猫を連れ帰った。こうして家族の一員となった猫は「みー」と名づけられた。
みーが、中尾家に騒動を巻き起こすとは、その時点では思いもしなかったという。
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異変が起きたのは、それから1ヶ月してから。
「ねえ、みーちゃん太ったんじゃない?」
「そうだねえ……え、まさか?」
動物病院で検査すると、お腹に赤ちゃんがいて、1週間後には生まれそうだという。
「家に来てすぐ病院で健診したんですが、その時には妊娠はわからなかったんです。出産には立ち会ったことがない。これは大変だ、と」と育美さんはいう。
みーのお腹はあれよあれよという間に膨らみ、5月4日、和善さんの布団で子どもを生んだ。
「1匹産むと胎盤を舐めとり、また生んでは舐めて……誰に教わったわけでもないのに、母猫ぶりが神秘的で感動的でした。結局5匹も産んだんです」
子猫5匹の突然の大所帯。知人に譲るつもりだったが、簡単な名前はつけた。黒猫「くろ」、黒に髭模様の「ひげ」、さび柄の「さび」、はち割れの「はち」、先住まるに似ている「まるジュニア」……。みーのおっぱいを飲んで子どもたちはスクスクと育っていった。
生後15日目には、いつもの場所から全員姿を消した。みーがひそかに室内で“引越し”を敢行していたのだ。
和善さんは「どこや? でも出勤するんで、着替えなきゃ、と思って引き出しを開けたらパンツや靴下の上にぞろぞろ、そこにおったんかーい(笑)」と振り返る。
母猫みーと、夫妻の愛情をたっぷり受け、子猫の譲渡先は次々に決まっていった。
「くろとまるジュニアは、整体の先生に譲り、ひげはカメラマンに。いちばん小さいさびちゃんは我が家に残ると思っていたら、ドーナツ店のスタッフが『家にさび柄がいるので』といってリクエスト。なので、はちを残すことにしたんです」と育美さん。
唯一の気がかりは、さびだった。
体重の推移を記録していたが、さびはなかなか体重が増えず、小さいせいか、なにをするにも1テンポ遅れた。
それでも生後3カ月して全員が乳離れし、巣立ちの時を迎えた。子猫を送り出すたびに、育美さんは号泣し、「そんなに泣いたら、皆ももらいにくいやろ」と和善さんが苦笑するほどだった。特にさびについては、最初のころ家に残ると思いこみ、小さいので気にかけていただけに、別れはひとしおだった。「いってらっしゃい、しあわせにね」
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ところが事態は一転する。
「様子が変なんです」
さびを送り出して5日後、里親となったスタッフから連絡が入った。
「食べないし、急にぐったりして」
急いで一緒に病院に連れていくと、「ひどい貧血、たぶんもうダメです」と獣医師から告げられた。
「それまで元気だったからビックリ。ウイルスの病気かもしれないので、ほかの猫と隔離するようにと言われ、とりあえず私の家に連れて帰り、別の部屋に寝かせました」
「もしかしたら家で看取ることになるの」と、混乱して茶の間でたたずんでいると、不思議なことが起きた。
茶の前にいたみーがニャーニャーと鳴いたら、その声を聞きつけ、ふらふらしながら、さびが歩いてきたのだ。さっきまで立ち上がれないほど弱っていたのに。
「そ、そんなにお母さんと一緒にいたかったの」
育美さんの胸は震えた。その夜のうちに、別の大きな病院に連れていくと、やはり貧血がひどく「危ない」という。母猫みーからの輸血を勧められ、一泊入院して、母猫から娘猫へと血液が送られた。そうして、消えそうだった命が、繋がった。
「輸血前は本当に危なくて、大阪に出張した夫に『さびちゃんが死にそう、帰ってきてー』といって戻ってもらったほど。本当によかったです」と育美さんは胸をなでおろす。
「原因はウイルスではなく不明。病院で調べても、どんな病気にもあてはまらないと先生が仰った。さびは、みーちゃんや家から離れて“絶望”して、死にかけたんではないか」と和善さんは振り返る。
スタッフの家に戻してまた具合が悪くなるのも心配で、結局さびは中尾家の子になった。今ではすこぶる健康になったが、不思議なことに、まったくトイレを覚えないという。たくさんの種類の猫砂を用意しているが、さびはどこでもジャーッ、布団やアンティークのカバンにもジョーッ。
だが、和善さんは微笑みながらいう。
「猫はキレイ好きと思っていたので、こんな子もおるんやな(笑い)。とにかく、みーちゃんとの出会いから、今まで(1年半)は濃かった。子育てに懸命だったみーちゃんも、今は自分が一番で、他の子より私を撫でてと僕にすりすり、それもまた可愛いくて」
みーをはじめ、はちも、さびも避妊をした。整体の先生のところに婿入りした雄はマッチョ化して、くろが体重7.1㎏。まるジュニアが6.2㎏。ひげも元気だという。
猫騒動のさなかに、中尾家には、もうひとつ大きな出来事があった。それは、京都から東京に呼び寄せた育美さんの母が、先住のまると(自分の部屋で)仲良く暮らし始めたことだ。
「母はもともと猫が苦手でしたが、まるとは相性があって。まるは後からきたみーちゃんを警戒していて、しかも子猫を生んだので、すごく戸惑っていた。でも母というパートナーを得て、毎晩一緒に寝ている。そんな姿をみて、つくづく良かったなあと」
波乱に満ちた猫との暮らし。涙も笑いもすべてがきっと、どうぶつドーナツ作りの糧になっているのだろう。
(藤村かおり)
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