嘱託警察犬はボランティア? 警察犬の訓練所を拝見
指さす方向へ、シェパードの「ビア」が一目散に駆け出す。テントの中に不審者を見つけた。しきりにほえたて、威嚇する。相手が逃走を図った次の瞬間、飛びついて腕にガブリ――。
犯罪捜査の現場や行方不明者の捜索で活躍する警察犬。だが栃木県警が直轄する警察犬はおらず、活動するのは民間の指導手が育て、県警の試験に合格した犬だ。鑑識課によると、こうした「嘱託警察犬」は県内に37頭。「犬の学校 栃木県警察犬訓練所」は、民間の訓練施設の一つだ。
歩く、座る、伏せるといった基本動作の「服従訓練」。抜群の嗅覚(きゅうかく)を生かした「臭気選別」や「足跡追及」。そして不審者を発見し、ときにはかみつく「警戒」。住み込みの5人の指導手が犬のオーナーから預かった15頭を常時、育成している。
指導手の池上裕二さん(40)によると、強盗事件などで出動は昼夜問わず、年に50回あまり。犬が嗅覚を発揮するには、遺留品があり、雨で現場がぬれていないことが基本的な条件だ。家族からの依頼で、認知症のお年寄りを捜すこともあるという。
1970年、裕二さんの父、池上行雄所長(67)が開業した。末っ子の裕二さんは大学時代、レスリングの学生日本代表になり、シドニー五輪出場もめざしたスポーツマン。幼い頃から犬と一緒の生活で「継ぐのが当たり前だと思っていた」。大学卒業後、指導手になった。
生き物相手の仕事。思い通りにはいかない。裕二さんが出会った200頭以上の犬のなかには、利口な犬もいれば、どんくさい犬もいた。
「人間と同じで、やってみないとわからない」。成功したときには愛情たっぷり、ほめてあげるという。
忘れられない事件がある。2005年に起きた今市市(現日光市)の小1女児殺害事件。警察犬とともに、連れ去り現場で女児のにおいから手がかりを探し、遺体発見現場では血痕をたどった。容疑者が逮捕されるまで8年半の月日がかかった。「もっと早く何かできていれば……」と裕二さんはつぶやく。
嘱託警察犬を取り巻く環境は厳しい。裕二さんは犬のオーナーの数が減ったと感じるという。1回の出動でオーナーと指導手に入る謝礼はそれぞれ数千円。指導料をもらって運営する訓練所に対し、オーナーにとっては餌代も含めて費用持ち出しの「ボランティア」というのが実情だ。
裕二さんは言う。「今までのように犬と一緒に社会の役に立ちたい。でも1頭の犬が出動できる回数には限りがある。だからこそ、嘱託警察犬のオーナーが増えてほしい」
(山下裕志)
■クンクン、におい選別
鼻を使ってクンクン。容疑者役のにおいを犬に嗅がせ、においがついた5枚の布きれの中から正解を選び取らせるのが「臭気選別」の訓練だ。においさえ付着していれば、最初に嗅ぐ素材は問わない。現場の遺留品から容疑者を特定する捜査に応用される。
ところが裕二さんによると、この臭気選別、実戦ではもう10年以上やらせていない。科学捜査の進展で、DNA型鑑定による特定が主流になったのが背景にあるという。
栃木県下野市中大領406の2。嘱託警察犬の訓練のほか、家庭犬の「しつけ教室」も開いている。住み込みの指導手は全国から集まる。5~10年ほどの修業期間を経て、約15人が独立した。問い合わせは訓練所(0285・53・1613)へ。
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