戦禍の地へ自ら出向いた山田監督に聞く 映画『犬と戦争 ウクライナで私が見たこと』
2022年2月から始まった、ロシアによるウクライナ侵攻。その被害は人間だけでなく、もちろん動物にも広がっています。その現実を自分の目で確かめ、そして記録するため、あるひとりの女性が立ち上がりました。彼女こそが、映画監督で作家の山田あかねさん。sippoでも2022年5月から連載「ウクライナの犬と猫を救う人々」でその様子を伝えてきました。3年にわたりウクライナに通い、出会った動物と人、そして世界の様子が記された映画『犬と戦争 ウクライナで私が見たこと』について、お話しを伺います。
戦争中でも動物を助ける人々がいる
――『犬と戦争 ウクライナで私が見たこと』は、2022年2月から始まったウクライナ侵攻の現場へ、山田さんご自身が実際に赴いて取材を重ねたドキュメンタリーです。最初に訪れたのは、侵攻後すぐの2022年4月とのことですが、戦禍の地へ足を運ぶことに戸惑いはなかったのでしょうか。
山田あかね監督(以下、監督):私は長く動物をテーマにした作品に携わっていますが、そのきっかけとなったのが、2011年の東日本大震災です。置き去りにされた動物を保護する人々を取材して、心を打たれたことが始まりでした。ただあのときの行動で、今なお後悔していることがひとつあるんです。
それが、原発20キロ圏内に立ち入る絶好のタイミングがあったのに、被爆などを恐れて入らなかった自分がいた、ということです。その後すぐ規制がかかってメディアは入れなくなり、時間が経ったのちに取材はしたものの、タイミングを逃したという思いは消えませんでした。
だから今回も怖さより、あのような後悔は二度としたくないという気持ちのほうが強かった。日々ウクライナでの悲惨な映像が流れるなか、がれきの中から犬を抱えて逃げている人の映像を見て、すぐにこう思いました。『戦争中でも動物を助ける人がいる。その姿をこの目に焼きつけて、多くの人々に伝えたい』。私のなかで、行かないという選択肢はなかったのかもしれません。
戦禍で見捨てられたシェルターの存在
――実際に現地に出向いたのち、山田さんはすぐ衝撃の映像を見せられることになります。それがボロディアンカという土地にあるシェルターの動画で、収容されていた犬の約半数が亡くなったという悲惨なものでした。映画冒頭でも流れるこの映像をご覧になったとき、どんな思いが湧き起こったのでしょうか。
監督:初めてウクライナ入りしたすぐのこと、私たちはポーランドとウクライナの国境付近を取材していて、そこでペットを連れた避難民の救助活動をしていたケンタウロス財団の臨時シェルターを撮影させてもらっていました。するとそのシェルター責任者のマリクが、「ひどい映像があるんだ」とある動画を見せてくれたのです。
キーウ市内とボロディアンカをつなぐ橋が爆破されてしまったこと、ロシア軍がシェルターの入り口に検問所を設置してしまったこと、さまざまな理由で職員やボランティアはシェルターに行くことができず、約1カ月後に駆けつけたものの、485匹のうち222匹が亡くなってしまったという、その映像でした。
それはあまりに生々しく、驚愕(きょうがく)するとともに言葉が出ませんでした。かなり危険な地域とのことで、その時は実際に足を運ぶことはできなかったのですが、あの映像を見たときに心が決まったんです。なぜこんな事実があるのか、なぜここまで多くの犬たちが命を落とさなければならなかったのか。それこそが今回の作品のテーマだと」
どんな状況でも、悪を上回る善がある
――戦禍の地で撮影取材を行うことは想像以上に大変だったと思います。山田監督がドキュメンタリーをつくる際に心がけていることはありますか?
監督:「迷ったら撮りに行く」という姿勢です。これは長くドキュメンタリー作品に携わり、確信していることです。というのも、撮りに行った先が、次に撮るべきものを教えてくれるからです。
今回もそう。戦禍で動物を助ける人々の姿を追う、というテーマで国境付近を取材していたら、あの衝撃的な映像に出合いました。ウクライナには3回足を運びましたが、まずその土地に降り立つことで次の撮影先、取材先が見えてくる。その導きのようなものを信じて、行動するようにしています。
――逆に「こうしない」と決めていることはあるのですか?
監督:「自分がされたら嫌なことはしない」ということでしょうか。東日本大震災の取材で知り合ったカメラマンの話ですが、現場で遺体の山を見て、彼はそれを撮影することができなかったらしいのです。「写真を撮る」とは英語で「Take a picture」と言いますが、「Take」って「取る」ですよね。彼はこの人たちからもう何も取ってはいけないのではないかと感じて、撮影を控えたそうですが、その気持ち、ものすごくよくわかるんです。
だから私はひどい惨状を伝えるより、それでもそこにある愛や勇気、優しさを伝えられたらいいなと思っています。最初はね、なぜこうなったのか、誰が悪いのかって思いながら現場に入るんです。でもどんな状況においても、不思議なことにその悪を上回る善に出合ってしまう。ならばそっちを撮ろう、それを伝えようって。それが私の使命だと感じています。
兵士たちの心を癒やす、動物の不思議な力
――作品には、動物に携わるさまざまな人々が登場しますが、元イギリス軍兵士で、退役後に戦地にて動物の救出活動を行っているトムの姿が印象的でした。
監督:彼は重度のPTSDを抱えていた時期に犬に救われたという経験から、戦争で負傷した兵士たちにドッグセラピーを施しています。そこは、文字どおり心も体もボロボロに傷ついてしまった兵士たちが集まる場。表情も暗く、言葉も少ない彼らに、私自身どう接していいのか、戸惑うところがありました。
でも犬がテケテケと歩いてきた瞬間に、その場の空気がふと緩むのがわかるんですよ。それぞれが手を伸ばして犬をなでるだけで笑みがこぼれて、「かわいいな」とか「俺も同じ犬種を飼っててさ」とか、ぼそぼそと隣の人と話し始める。ああ、動物ってすごいな、ただいるだけなのに心の扉を自然に開けて、人と人をつないでしまう。その力を目の当たりにした記憶に残る時間でした。
――この映画をつくる前とつくった後、山田監督のなかで変わったことはありますか?
監督:もっと早く報道ジャンルに進めばよかったという思いが湧いてきました。年齢を重ねて昔ほど機敏に動けないのがとても悔しい(笑)。フィクションでは決して得られないものがあることを体感した気がします。
何より、戦争というあまりに醜いものをこの目に焼き付けるんだと意気込んで現地に入ったのに、逆に「人類は捨てたもんじゃない」という愛と勇気をもった人々にたくさん出会ってしまった。戦争の悲惨さにあらがおうとする人たちがいるだけでなく、彼ら彼女らは、ある人々にとってはどうでもいいような、野良犬や野良猫に命をかけているという驚きの事実。
これこそが戦争に対するある種の抵抗なのではないかと思うんです。やっぱり私は戦う人ではなく、救う人々を描いていきたい。この作品を経て、そんな大きな手応えとやりがいを感じています。

- 『犬と戦争 ウクライナで私が見たこと』
- 2025年2月21日(金)より全国ロードショー
監督・プロデューサー:山田あかね
ナレーション:東出昌大
音楽:渡邊崇
配給:スターサンズ
製作:『犬と戦争 ウクライナで私が見たこと』製作委員会
公式サイト:inu-sensou.jp
©『犬と戦争』製作委員会

- 『犬と戦争 がれきの町に取り残されたサーシャ』
- 2025年02月13日(木)発売
作:舟崎泉美、原案:山田あかね、挿絵:あやか
出版社:KADOKAWA
価格、仕様:836円(税込)、168ページ
山田監督が取材を続けてきたウクライナの「犬と戦争」が、一冊の本になりました。戦争の中に取り残された子犬の小さな命と、危険な戦地で命をかけて小さな命を救い続ける人間たちの本当にあった、希望と感動の物語です。

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