動物と人間の関係 幸せや苦痛に向きあうことが世界の潮流に
約1万5千年前に犬を家畜化して以来、人間は動物を様々に利用しながら、共に暮らしてきた。モノ扱いの時代は過去となり、その幸せや苦痛に向き合うことが世界の潮流になっている。
「人間の都合で利用することなく、静かに余生を」
有明海を望む熊本県宇城市の高台に55頭のチンパンジーが暮らす「熊本サンクチュアリ」がある。京都大がその終生飼育を目的に運営する保護施設だ。
チンパンジーの多くは、かつて肝炎ウイルスの感染実験などに使われていた。1頭ずつ小さなケージに隔離され、自然に接する機会を奪われていた。なかには約30年間、そうした環境に置かれていたチンパンジーもいる。
熊本サンクチュアリでチンパンジーは、子どもの頃にアフリカで捕まるなどして実験施設に隔離されて以来初めて土の床に触れ、走り、登り、仲間に出会う。「あいさつや遊びもうまくできない。まずチンパンジーの社会生活を取り戻せるよう取り組むことになる」と副所長の森村成樹(なるき)特定准教授。
1990年代後半に感染実験を含む医学研究に使われるチンパンジーは国内に最大約130頭いたが、学識経験者のグループの訴えなどを受けて2006年、大きな影響を与える実験の廃絶が宣言された。
熊本サンクチュアリにはほかにも、動物園にいたチンパンジーで繁殖できなくなったり、群れになじめなかったりするものが保護されている。「ここで人間の都合で利用することなく、静かに余生を過ごしてもらうのです」(森村特定准教授)。
使役、実験、愛玩…動物との関係「矛盾だらけ」
犬の家畜化以来、人間は動物を使役、畜産、実験、展示、愛玩と多様な用途で利用してきた。その関係性について武蔵野大の一ノ瀬正樹教授(哲学)は「矛盾だらけだ」と話す。
今年9月のセーリングW杯江の島大会で、開会式のイルカショーが、イギリス人選手から問題視されるなど、国際的な非難を浴びた。一ノ瀬教授は「動物を家庭や動物園に閉じ込めたり、畜産や実験に利用したりすることは、道徳的に正当化できるのだろうか。動物は自然のなかで自由にさせるべきだ、という考え方がある」と指摘する。だがすべての動物を完全に自然に戻すことは難しい。
そこで「動物と暮らすことには倫理的な問題が絡んでいると自覚したうえで、その代償として、動物の福祉を十分に考慮するという考え方」(一ノ瀬教授)が出てくる。「恐怖や抑圧からの自由」「飢えと渇きからの自由」など、動物たちの心身の苦痛を取り除き、なるべく本来の暮らしをさせる「五つの自由」という概念につながる。
歴史的には主に畜産動物への酷使や虐待が18世紀までに顕在化し、19世紀に入って欧州を中心に動物福祉に基づく法制度が整えられてきた。1822年に制定されたイギリスの「畜産動物の虐待と不適当な取り扱いを禁止する法律(マーチン法)」が近代法における画期とされている。こうした経緯と背景を踏まえれば、海で暮らしていたイルカを捕まえ、水槽に閉じ込め、芸を仕込むことは、動物福祉に反すると解されるわけだ。
ただ現在も、世界各地で闘牛や闘犬が伝統行事とされ、欧州では狩猟が盛ん。捕鯨に批判が集まる一方で肉食は一般的だ。「矛盾だらけ」のままであり、「動物と人間の関係について、動物福祉は緩和策であって根本的な解決策にはなっていない。鳥獣害の問題などについては、対処法も提示しえていない」と一ノ瀬教授は話す。
「後進国」と見なされることが多い日本
世界的な潮流の中で日本は、「後進国」と見なされることが多い。動物愛護法(旧動管法)は73年、昭和天皇の即位後初訪英(71年)とエリザベス女王の初来日(75年)を契機に制定された。英国のマーティン法から150年あまり遅れ、外圧が加わって生まれた。3度改正されたが、動物を守れない「ザル法」との批判が動物愛護団体などにいまだ根強い。
千葉市動物公園の石田戢(おさむ)園長は著書「現代日本人の動物観」で日本人には独特の動物観があると指摘し、「日本人は動物を『かわいい』や『かわいそう』という感情の対象としてだけ捉え、畜産や実験について視野に入れない。欧州では、動物を哲学の対象とするなど人間とどういう関係にあるか常に考え、すべての種類の動物と緊張感を持った関係を持ち続けてきたこととは対照的だ」という。「日本の動物政策」の著書がある成城大の打越綾子教授(行政学)は、日本で動物に配慮した社会を実現するためには動物の用途別に「仕切られた動物観」を、総合的に見る必要があると説く。「動物との関係がどれだけ多岐にわたるのか知識や想像力を持たなければならない」(打越教授)。
動物と人間の関係はどこへ向かうのか。古代ギリシャには、犬の生活を道徳的に理想だとするディオゲネスのような哲学者がいて「犬儒派」と呼ばれた。20世紀にはオーストラリアの倫理学者、ピーター・シンガーらによって「動物の解放」という概念が打ち出され始めた。熊本サンクチュアリでは、霊長類ヒト科に属するチンパンジーの助数詞を「人」としている。
打越教授は「動物への配慮を反映した法制度は、今後も確実に拡充していくと思う。動物福祉は男女平等や環境保全などにつぐ、新しいポストモダン的価値観の重要な位置を占めていくだろう」と話す。一ノ瀬教授はさらにこう指摘する。「奴隷解放、女性解放と同じ文脈で『動物解放』が、数百年単位の時間の中で、一進一退しながら実現に近づくのではないだろうか」
「動物福祉の遅れ痛感」 杉本彩さんに聞く
20代の頃から個人で、飼い主のいない犬や猫の保護活動に携わってきました。そのうちに、毛皮として利用されるために殺される動物や、化粧品開発のために動物実験の犠牲になる動物の存在を知りました。2014年に公益財団法人「動物環境・福祉協会Eva」を立ち上げたのは、動物たちを取り巻く問題に正面から取り組みたいと考えたからです。
活動していると、日本が動物福祉に関して遅れていることを痛感します。欧米に比べ、「大人と子ども」くらいレベルが違います。
世界の注目が集まる東京五輪の開催は、日本が動物福祉先進国へと脱皮するチャンスになるはずです。ところが、今年が5年に1度の見直し年にあたる動物愛護法の改正について、政治や行政の動きがとても鈍い。せっかくの機会を逃してしまいそうです。
こうした背景には日本人一般の「無関心」があると感じています。一人でも多くの人に動物たちの状況を知ってほしい。その積み重ねが大きなムーブメントになり、法制度を含めた現状を変えるきっかけになるはずです。(太田匡彦)
さらに知るには
動物福祉に配慮した法制度の背景には応用動物行動学の発展がある。例えばつなぎ飼いは牛のストレスになり、豚が低濃度でもアンモニアを嫌うことなどがわかってきた。佐藤衆介・帝京科学大教授の著書「アニマルウェルフェア」(東京大学出版会)に詳しい。
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