病院の枠超えつながりたい! 福岡生まれの愛玩動物看護師会、業界変える存在へと成長中

渡邉さんの愛猫の「りん」(渡邉さん提供)

 愛玩動物看護師など動物看護職の方々にお話を聞く連載。離職率が高く、病院により能力差が激しい。そんな動物看護業界の課題を解決したいと、飯塚パル動物病院(福岡県飯塚市)で働く愛玩動物看護師の渡邉純也さんは「九州動物のための研究会」を発足しました。

(末尾に写真特集があります)

初めて実習した病院で落胆

 動物関係の仕事に就きたかった渡邉純也さん、高校3年生の時、専門学校の学校説明会に参加した。

「イルカの調教師とか、動物園の飼育員とかがいいな」

 漠然と考えていた渡邉さんの前に、動物看護コースの男性の先生が現れ、熱弁を振るった。

「これからは男性の動物看護師が活躍する時代ですよ」

「ああ、じゃあそれでいいか」

 すすめられるまま、動物看護コースに入学する。ところが在学中、動物病院に実習に訪れたところ、すっかり落胆してしまった。

「動物看護師は、掃除ぐらいしかしていなかったんです。こんなことをするために勉強してきたわけじゃない。もう、一般企業に就職しようと思いました」と渡邉さん。

 進路変更のため、就職相談室へ。面談してくれたのは、学校説明会で、男性動物看護師の可能性を熱く語ったあの先生だった。リクルート担当へと異動していたのだ。

「僕、動物病院には行きません」

 すると先生はこう言った。

「じゃあ、最後にこの病院だけ、だまされたと思って行ってくれないか」

「そこまで言うなら、とりあえず見てみるか」と、軽い気持ちで足を踏み入れたのが、パル動物病院(現在勤務する病院の本院)だ。そこで目の当たりにした、動物看護師長の大浦将太さん(現在はPAL動物病院グループ総帥長)の働きぶりに目を見張った。

「任されている業務の幅が広く、獣医師の動きを先読みして行動する姿も印象的でした。ここならやりがいを持って働けると思えたんです」

渡邉さん(右)と、大浦さん。先輩、後輩の垣根を超えて、お互い対等に話ができる存在だ(渡邉さん提供)

先輩と2人で会を立ち上げる

 さて、この職業の離職率は高いと言われる。病院により状況は異なるものの、一般的には報酬に見合わぬ過労働がその理由とされる。だが、働き始めて2年ほどたった頃、こんなふうに考えるようになった。

「でも、それだけで皆辞めるのかな。そうじゃないんじゃないかな」

 働いていれば、人間関係や後輩指導など、誰しも悩みを抱える。

「でも、他の職場の人に相談できたら、意外と簡単に解決することもありますよね。共感し合える仲間がいないから、辞めてしまうのではと思いました」

 渡邉さん自身、院外のセミナーに参加するとリフレッシュでき、発見もある。外に出て行く大切さを肌で感じていた。

 さらに、実習でも痛感したとおり、病院によって動物看護師のレベルが違うことにも問題意識を抱いていた。

「自分の病院の取り組みを皆で共有できたら、業界の底上げにもなる。そうすれば、救える動物の命が増えることにもつながるはず」

 これらの課題を解決するため、動物病院の垣根を超えて、同じ職業同士つながる会を作りたい! 真っ先に相談したのが、実習時にあこがれ、以来、親身に面倒を見てくれた師長の大浦さんだ。

 2018年2月、渡邉さんが代表に就任し、大浦さんと2人で「九州動物のための研究会」という動物看護師会を立ち上げた。その後、同じ病院で働く動物看護師2人にも声をかけ、運営メンバーに加わってもらった。

りんは拾われて、病院で保護されていた(渡邉さん提供)

立ちはだかったコロナ禍の壁

「セミナーを開催して、動物看護師が集まる場を作りたいね」

 皆で話し合うと、さっそく行動開始。専門学校の講師も務める渡邉さん、学校側に、「学生も参加できる形にするので、教室をひとつ、無料で貸してもらえないか」と交渉した。まわりに声をかけて参加者を募り、1回目の開催にこぎつける。プログラムの内容は、インシデント会議、ペット保険、保定の3本立てだ。

 インシデントとは、薬剤を間違えそうになったなど、重大な事故が起きる手前の事態を指す。このインシデントを皆で共有し、原因を考えて事故を未然に防ぐのが、インシデント会議の目的だ。

「人医療の看護業界では、当たり前のように、院内でインシデントを発表する機会があり、うちの病院でも行っていますが、動物病院ではめずらしい。もっと広めたいと思いました」

 渡邉さんと大浦さんの進行のもと、参加者にグループに分かれてディスカッションしてもらい、これまでに体験したインシデントの報告書を作成してもらう。

 ペット保険は、大手保険会社に依頼し、保険の基礎知識をレクチャーしてもらった。

 保定とは、診療や検査の間、動物が動かないよう体をおさえること。こちらは、保定名人のもと腕を磨いた運営メンバーが、犬のぬいぐるみで実演しながら講師を務めた。

「学生時代に実習させてもらう犬は保定に慣れています。ところが、いざ現場に出たらうまくいかず、悩む新人は多いもの。このセミナーで保定を学んでもらえば、会の目的である離職率の減少につながると考えました」

進行役を務める渡邉さん。堂々としており、初めてとは思えないほど(渡邉さん提供)

 手探りで開催した1回目の参加者は何と40人。波に乗り、2回目の準備に入った。ところが、開催を目前に、世界は新型コロナウイルスに襲われる。そこで急遽(きゅうきょ)、オンラインでの開催へと切り替えた。

 だが、ふたを開けてみれば、前回を上回る人数が視聴してくれた。さらには九州以外の人も参加してくれるという、オンラインの思いがけない恩恵もあったという。

「院内の取り組みではなく、病院という枠を外して活動していきたい」との強い思いから、運営メンバーにも途中から、東京と沖縄の人を招き入れた。

九州「発」、日本全国へ!

 以来、3~4カ月に1回のペースで、オンライン開催を続けており、これまでの開催回数は10回にのぼる。視聴者数は多い時で約250人にのぼった。

 会の名前に「九州」と冠したのは、九州限定の意味ではなく、「九州から、同じような活動を全国に広めたい」との思いを込めてのこと。業界内での認知度が高まった今、「そろそろ『九州』は外そうかな」と、渡邉さんは手応えを語る。

 人気の秘密はやはり、趣向を凝らしたプログラムの内容だろう。企画を考える運営メンバー全員が現職の愛玩動物看護師だからこそ、現場で切実に知りたいテーマが飛び出してくるのだ。

「新人が入って来る直前の3月には、人材育成をテーマに開催。異なる病院の師長5人が登壇し、視聴者の悩みにも答えてもらいました」

 画期的だったのが、人医療と動物医療、それぞれの麻酔専門医によるコラボセミナーだ。医師に人医療での麻酔方法を話してもらい、それを受けて獣医師が、「動物ではこう落とし込めるね」と視聴者に提案する。獣医師の視聴者も結構いたほど、注目を集めた。

 専門医や、大企業が二つ返事で出てくれるのも、会の趣旨に賛同してくれるから。そして何より、渡邉さんのまっすぐな熱意に動かされてのことに違いない。

大浦さん(左)と進行役を務める。これまでに行ったセミナーのテーマは、栄養学や心臓疾患、麻酔など多岐にわたる(渡邉さん提供)

 そろそろ対面セミナーも復活させたいと考えている。

「いつか愛玩動物看護師だけの大きな学会を開くのが目標」と語る渡邉さん。九州で小さく生まれた会が、一大ムーブメントとなり、日本の動物看護業界を変えてゆく!

●九州動物のための研究会のインスタグラム:@kyudouken.0207

※愛玩動物看護師の国家資格化に伴い、現在、この資格を持たない人は、動物看護師などの肩書は名乗れません。しかし、国家資格化以前は動物看護師という呼称が一般的でした。本連載では適宜、動物看護師、または看護師などの表現を用いています。

(次回は5月14日に公開予定です)

【前の回】手違いで忘れられていた愛犬の検査 不安や悲しみを感じた体験を看護にいかす

保田明恵
ライター。動物と人の間に生まれる物語に関心がある。動物看護のエピソードを聞き集めるのが目標。著書に『動物の看護師さん』『山男と仙人猫』、執筆協力に動物看護専門月刊誌『動物看護』『専門医に学ぶ長生き猫ダイエット』など。

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この連載について
動物の看護師さん、とっておきの話
動物の看護師さんは、犬や猫、そして飼い主さんと日々向き合っています。そんな動物の看護師さんの心に残る、とっておきの話をご紹介します。
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