
犬はいま、どんな気持ち? しぐさや表情から読み解く愛犬とのコミュニケーション
私たちが犬を見て「かわいい」と思うとき、犬はどんな気持ちでいるのでしょうか。犬は人の表情や行動をよく観察し、気持ちを読み取っています。ペットと人のウェルビーイングをかなえるために、人も同じように犬の気持ちの「読み方」を知っておきたいもの。麻布大学獣医学部教授・菊水健史先生に、長年にわたる共生の歴史に育まれた人と犬のコミュニケーションについてうかがいました。 犬の表情やしぐさから気持ちを読み解く 犬は人と交流できるように進化・家畜化した 犬は群れで生活するため、他個体とのコミュニケーションをとることが得意です。視覚によるボディランゲージ、聴覚によるほえ声や鳴き声、嗅覚によるにおいなどで情報を交換し、喜怒哀楽を表現できます。人に対しても、これらの社会シグナルを上手につかってコミュニケーションを取り、スムーズなやり取りが可能となっています。 犬が異種である私たちとも意思の疎通が可能な理由は、情報交換の手段がたくさんあるうえ、1万5000年を超える共生の過程で、緩やかな選択交配がされて、人の音声や表情、身振りを理解できるように家畜化が進んだからです。犬が人間に歩み寄ってくれたのですから、私たちも犬の出すサインに気づき、気持ちを理解するように努めたいものです。 幸せ・不安・怒りのボディランゲージ 犬のボディランゲージを理解するには観察から始めましょう。犬の気持ちが表れるところに注目し、幸せ(喜楽)・不安(哀)・怒りを読み取ってください。 【幸せのボディランゲージ】 目:親和的な視線のやり取り(攻撃的ではない視線) 口:少し開ける 耳:前もしくは横に倒す 尻尾:大きく振る 姿勢:体に力が入っていない 声:ワンッワンッ(中音) 【不安のボディランゲージ】 目:視線を合わせない(目を閉じる/顔を背ける/頭を下げる)、あるいは斜め下から頭をさげて、見上げてくる 口:閉じる/あくびをする 耳:後ろに倒す 尻尾:下げる/足の間に巻き込む 姿勢:下げる/低くする 声:クーンクーン、ヒ〜ッヒ〜ッ(高音) 【怒りのボディランゲージ】 目:にらみつける 口:力を入れて歯を見せる 耳:前にピンと立てる 尻尾:小刻みに振る 姿勢:前のめり/前脚を伸ばして姿勢を高くする 声:ウ〜ッ、ヴォン!(低音) 犬種によって異なる、コミュニケーションスキル 野生時代から身体的に変化が少ない古代犬種のほうが、ボディランゲージをわかりやすく表現できるので読み取りやすいと言えるでしょう。柴犬やサモエド、シベリアン・ハスキーのような中・大型犬は、犬同士のシグナルの数が多く、コミュニケーションも得意です。 日本での飼育頭数が多いチワワ、トイ・プードル、マルチーズなどの小型犬は、人にかわいがられるために犬種改良され、長い毛や垂れ耳の容姿をもち、愛情欲求が強い性質へと変わりました。人とのコミュニケーションにたけている一方、表現できるボディランゲージが減ってしまい、犬同士での意思の疎通が苦手です。 コミュニケーションスキルの違いを犬種別に説明しましたが、個体差も考える必要があります。犬同士のコミュニケーションの齟齬によるトラブルを防ぐために、飼い主さんは愛犬以外の犬の気持ちも理解できるようになりましょう。 「本当に幸せ?」「怖がっていない?」飼い主の見落としがちなサイン おなかを出す、尻尾を振る、上目遣い…本当の気持ちは? 犬の表情や全身、状況を観察することを意識して、犬の本当の気持ちを探ってみましょう。まずは喜んでいるように見える行動に潜む、本当の気持ちから。たとえば、犬がおなかを出してひっくり返る姿勢は、なでてほしいシグナルとは限りません。犬にとっては基本的な服従姿勢であり、「ごめんなさい」に近いのです。 犬が尻尾を振る動作も誤解されやすいシグナルの一つ。あくまでも興奮状態なので、喜びだけでなく緊張の場合もあります。尻尾を振っているからといって不用意に近づくと、いかくや攻撃に移るかもしれません。 頭を下げて斜めに見上げるときは、緊張や不安が高いときです。白目がちょっと見えていてかわいいと感じるかもしれませんが、ストレスサインであるため、その場から離れたほうがいい場合があります。 覚えておきたい不安やストレス、痛みのサイン 犬が病気やストレスを抱えているサインにも早く気づいてあげたいもの。家の中でトイレの失敗が多いと思ったら、不安によるマーキングの可能性があります。安全であるはずの家で落ち着けず、尿でにおいをつけて「ここは自分の家だ」と確認しなければ気が済まない状況になっています。 犬の様子が今までと違うと感じたら、痛みや病気を疑ったほうがいいでしょう。内臓の痛みがあると患部をかばって丸くなり、寝る時間が増えます。触るとうなる、近づくと立ち去る、といった行動に現れることもあります。そのようなサインが見られたら早めに動物病院を受診し、獣医師に相談してください。 5つの領域と気持ちのつながり 家庭内で自由に行動できる機会を増やす 健康・栄養・環境・機会・精神状態という5つの領域がすべて関連づいて、犬の性質や気持ちを形成します。いずれも重要ですが、日本の家庭環境で特に改善できる領域は、さまざまな経験を積む「機会」だと考えられます。 犬をサークルやクレートに入れて行動制限をかけた状況では、学習する機会がありません。飼い主さんも観察できないため、犬の気持ちを知る機会まで失われてしまいます。家庭内であれば、飼い主さんが最低限の安全を確保したうえで犬が自由に過ごせる機会をつくりましょう。家具をかじられたりカーテンをちぎられたりするリスクはありますが、そういう大変さも犬と暮らすことで生じうることと思ってください。先回りして行動をさせないようにするのではなく、間違った行動をとったときにしかる、という風にしつけていきましょう。 子犬は社会化期の過ごし方で将来の問題行動が防げる 子犬は適応能力が高い生後14週齢ごろまでの社会化期に、さまざまな人や犬、物事に触れる環境で育てましょう。社会性を身に付けた犬は、将来的にほえる・かむなどの問題行動を起こしにくくなります。子犬の短い期間の過ごし方が、犬と飼い主さんの一生を左右するとも言えるのです。 欧米発祥のパピースクールが日本でも徐々に広まっているものの、国内では犬を連れて気軽に出かけられる施設はまだ少ないのが現状です。パピースクールと自宅の往復だけでは、学んだ知識を生かす機会を得られず社会化期が終わってしまいます。犬を同伴できる場所へ意識的に出かける機会をつくってみませんか? 成犬や保護犬にとっても「機会」が鍵になる 社会化期を過ぎて成犬になっている場合も、時間をかけてさまざまな経験を積む機会を増やせば社会性を少しずつ身に付けられます。ただし、虐待や飼育放棄された経験がある保護犬は不安や恐怖を強く持っているので、人間に対する不信感を払拭するためには時間と忍耐が必要です。飼い主さんから関わるのではなく、むしろ犬が自由に過ごす機会をより確保してあげる必要があると思います。 私の研究室の実習で、学生が保護犬を預かってトレーニングを行い、譲渡する活動を15年ほど続けています。犬が主体的に活動できる環境を用意し、最初の2週間は保護犬と同じ部屋で座っていることから関わりを始めます。家庭に迎えた保護犬も考え方は同じで、犬のために用意した環境の中で飼い主さんは何もせずイヌが近寄ってきて、関わるまで待つ、という風に過ごしてください。 飼い主との関係性の先にあるウェルビーイング 視線を介した絆形成システムが関係性を強化する 犬と見つめ合い、触れ合っていると誰もが幸せな気持ちになると思います。これは絆ホルモンと呼ばれる「オキシトシン」の効果です。オキシトシンは母子間の絆を形成することで知られていましたが、2015年に異種間でもホルモンを介した「絆形成システム」が成り立つことが明らかになりました。 研究では、犬の視線を受けて飼い主さんのオキシトシンの濃度が上昇し、飼い主さんから犬への見つめ合いや触れ合いが増えると犬のオキシトシンの濃度も上昇したのです。犬は飼い主さんへの愛着行動(見つめ合い、触れ合い)が増え、飼い主さんのオキシトシンの濃度がさらに上昇しました。子どもやパートナーとの触れ合いにより上昇率が高いという説もあるほどです。 犬と人の絆はお互いの信頼関係の上に成り立つ 絆形成システムは、人と犬の共生の歴史から生まれました。始まりは犬が人に視線を送り、受け取った人が行動を変えた(エサを与える、大切にするなど)ことによって犬にメリットが生じたのでしょう。結果的に犬が人に視線を送る行動が強化され、人も好んで犬の世話をするようになっていったのではないかと考えられます。 見つめ合いと触れ合いを介した絆は、犬と飼い主さんの信頼し合う関係性の上に成り立ちます。犬は人類の最古であり最良のパートナーといわれていますが、もしかしたら人と犬の長い歴史も、最初は信頼し合う一頭と一人から始まったのかもしれません。現代のペットと人のウェルビーイングの取り組みも、愛犬と暮らす飼い主さんそれぞれが考え、一頭と一人から広めていきませんか。 (文・金子志緒/編集・sippo編集部)




















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