伊豆の浄蓮の滝にて
伊豆の浄蓮の滝にて

犬と暮らすのは時限爆弾を抱えるようなものだと思っていた でも今は…

 先代犬の富士丸、いまは保護犬の大吉と福助と暮らすライターの穴澤 賢さんが、犬との暮らしで悩んだ「しつけ」「いたずら」「コミュニケーション」など、実際の経験から学んできた“教訓”をお届けしていきます。

(末尾に写真特集があります)

31歳のとき富士丸と出会い

 先代犬の富士丸と暮らしていた頃、最初の2〜3年は留守番中の破壊活動に悩み、その後、悪いのは自分の方だったと気が付き、5年経つ頃には信頼関係が出来上がり、お互い顔を見るだけで相手がどう思っているか分かる、まさに最高のパートナーのような存在になっていた。

 富士丸が喜ぶからという理由で、若い頃にはまったく興味のなかった山や川へ出かけては、顔を輝かせる彼の姿を見てはほほ笑んでいた。そんな頃、ときどきふとある思いが頭をよぎった。それは「俺は時限爆弾を抱えてしまったんだな」ということだった。犬の寿命は短い。どう考えても私より先に逝く。なんだったら先に死にたいくらいだが、そういうわけにもいかない。

当時くらしていた初台の1DKのマンション

 私が死んだら富士丸はどうなる。当時は独身で「ひとりと一匹」の暮らしだったから、どうにもならんだろう。だから万が一に備えて、財布には私が事故に遭って急死したとき、富士丸を託せる友人の連絡先を書いたカードを忍ばせていた。そんなことにならなければ、私が富士丸をみとることになる。

 富士丸を迎えたのは、一度目の結婚でケンカが絶えずへきえきしているとき、当時の妻が「犬が欲しい、犬がいたらうまくいくかも」と言ったからという、今思えば最低レベルの馬鹿な理由だった。子どもの頃から実家に犬がいたから犬は好きだったが、その責任の重さなど深く考えていなかった。彼女はペットショップへ行きたがったが、私は反対して「いつでも里親募集中」で富士丸を見つけた。

 富士丸が来てから、大人になって犬を飼う責任や、彼らにも主義主張があることなどを教えてもらった。そして、いつの間にか私の中でその存在がどんどん大きなものに変わっていった。

ひとりと一匹の晩酌風景

ひとりと一匹で暮らす

 当然のことながら、夫婦関係が犬で改善されることなどなくほどなく離婚したが、もめたのはどちらが富士丸を引き取るかという点だけだった。私は譲らず、いつでも会いたいときに会わせるという条件だけ。子どもはいなかったので、それで終わり。

山中湖にて

 それからひとりと一匹の生活が始まった。こうして書くのもうんざりするほど恥ずかしく馬鹿な私の30代だが、富士丸との暮らしは楽しかった。前回書いた通り、完全な犬依存症になっていたのだ。

 それでも心のどこかには、いなくなったときの不安があり、その破壊力を想像して時限爆弾のようなものだと思っていた。

ルアーを投げてみたが何も釣れず

突然の別れに

 それは、思っていたよりも早く、ある日突然訪れた。夕方の散歩を終えて、ある出版社のパーティーに出かけて戻ると、倒れて息絶えていた。定期的に受けていた健康診断でも異常はなく、5時間前まで元気だったのに。7歳半だった。

 その破壊力は想像をはるかに越え、私は見事に壊れてしまった。それまで精神的にはわりと強い方だと自負していたが、こんなに弱かったのかと思い知らされた。

 そのあたりは拙著「またね、富士丸(世界文化社・集英社文庫)」に書いたが、書きたくて書いたわけではなく、先輩ライターが勝手に出版社と話を決めてきて「いいから書け」と言われたから仕方なくやっただけで、毎日ぼろぼろ涙をこぼしながら書いていた。後々、先輩が自分の状況を見つめ直すためにやらせたと知って感謝はしているが、ひたすら辛かった。

群馬の渓山荘(現在は閉館)で雪に狂う

モノクロームの世界

 それは時間が経っても変わらず、表面では普通な顔を取り繕うことは出来ても、色のないモノクロームな世界で、ただぼんやり生きているだけだった。自殺する気にならかなったのは死体を片付ける人に悪いなぁと思っていたからで、いつ死んでも良かった。これが2009年10月から2011年ごろの私の心境である。たぶんそんな感じだった。

 その後、2011年11月に大吉がわが家にやって来た。そしてまた結婚し、2年後、福助も加わった。今では2人と2匹の暮らしである。大吉は12歳になり、福助も9歳になった。一緒に過ごした時間は、富士丸を軽く越えている。

八ヶ岳農場直売所にて

私にとってかけがえのない時間

 今でも時限爆弾を抱えたと思っているかというと、そんなことはない。たしかに、いつか確実にいなくなるが、それは覚悟の上である。ぼんやり眺めていた「いつでも里親募集中」で大吉と出会い、対面しに行くときは、「またあんな思いをするのか?」と自問して運転しながら吐きそうになるほど悩んだが、家に連れて帰ってコテンと寝ている子犬大吉を見た瞬間、どうでもよくなった。 

子犬大吉

 12年前に大吉を迎えていなければ、全然別の生き方をしていただろう。モノクロームの世界がどこまで続いたのかは分からないが、大吉が来た途端、みるみる色彩がよみがえったのには驚いた。白黒写真がカラー写真に変わるようなもので、そこで初めてこれまで見ていた景色が白黒だったのかと気づいた感じだった。

山の家にて現在の大福

 だからもう、犬が時限爆弾だなんて思っていない。いなくなったときの破壊力がものすごいし、きっとまた谷底を経験するはずだが、大吉と福助と一緒に過ごした時間を、死ぬまで忘れることはないだろう。富士丸との暮らしを今でもしっかり記憶しているように。

【前の回】いつの間にか患っている「犬依存症」という病 でもメリットもある

穴澤 賢
1971年大阪生まれ。フリーランス編集兼ライター。ブログ「富士丸な日々」が話題となり、犬関連の書籍や連載を執筆。2015年からは長年犬と暮らした経験から「デロリアンズ」というブランドを立ち上げる。2020年2月には「犬の笑顔を見たいから(世界文化社)」を出版。株式会社デロリアンズ(http://deloreans-shop.com)、インスタグラム @anazawa_masaru ツイッター@Anazawa_Masaru

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この連載について
悩んで学んだ犬のこと
先代犬は富士丸、いまは保護犬の大吉と福助と暮らす穴澤賢さんが、犬との暮らしで実際に経験した悩みから学んできた“教訓”をお届けしていきます。
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