春田酒店の入り口の上の木彫りの猫。亡き「くー」がモデル
春田酒店の入り口の上の木彫りの猫。亡き「くー」がモデル

木彫りのまちの酒屋の猫「くー」 手酌酒を楽しむ看板猫に

 富山県南砺市の旧井波町は「木彫りのまち」として知られている。井波別院瑞泉寺の前の八日町通りには個性豊かな木彫りの猫32匹(2023年8月18日現在)が隠れていて、それを探しながら散策するのが観光客の楽しみとなっている。この通りにある春田酒店の入り口には手酌酒を楽しむ木彫りの猫がいる。15年以上、この店で暮らした「くー」がモデルである。

(末尾に写真特集があります)

親子連れの猫が来店し「くー」だけ家猫に

 春田酒店に「くー」がやって来たのは15年以上前だった。店主の春田孝さん(84)と妻の雅子さん(79)は、「くーちゃんと出会うまでは犬派でした」と話す。18年間、スピッツや柴犬などを飼っていたが、旅行が好きで家を空ける機会が増えたことから、最後の犬を見送ってしばらく夫婦だけで暮らしていたところ、猫との縁に恵まれた。

 母猫が何匹か子猫を連れて来るようになり、店の奥にある春田さん宅の玄関から入り、朝晩、えさを食べていくようになった。親子連れで来ていたが、子猫が1匹だけが残り、奥の座敷まで入ってきて居座るようになり、家猫となった。それが「くー」である。体は白いが、尻尾と耳の一部が黒いので「くろ」から取って「くー」と名付けた。

今は亡き春田酒店の看板猫「くー」(春田さん提供)

街歩きを楽しんでもらおうと木彫りの猫を設置

「くー」はメスで、あっという間に成長して妊娠し、子猫を3匹産んだ。そして屋根裏に上がっていたところ、子猫が隣家との狭い隙間に落ちてしまった。雅子さんは縁の下から手を伸ばして子猫を拾い上げたが、産まれて間もない時期であり、1匹は亡くなってしまった。

 残された子猫2匹に春田さん夫婦は名前を付けた。右目の上に黒い模様が1つある猫を「いっちゃん」、額に2つ黒い模様がある猫を「にーちゃん」と呼んだ。雅子さんは子猫の成長を待って親子3匹を動物病院に連れて行き、避妊・去勢手術を受けさせた。

左が「いっちゃん」、右は「にーちゃん」(春田さん提供)

「くー」たちのいた春田商店がある八日町通りは、600年の歴史を誇る井波別院瑞泉寺の門前町井波を象徴する通りであり、国の伝統工芸品に指定されている「井波彫刻」の工房が軒を連ねている。孝さんによると、寺院を建てた京都の宮大工が山門から伸びる石畳沿いに立って並ぶ、町屋の建築も担ったとのこと。春田酒店の近所だけでなく、通り沿いの家は隣接し合って建っている。

 門前町の瑞泉寺前商盛会は井波彫刻に理解を深め、街歩きを楽しんでもらおうと2017年から木彫りの猫を置くようになった。「くー」をモデルとした春田酒店の猫は入り口の上にいるので目に付きやすいが、中には平たくなって眠っていたり、軒先で顔だけのぞかせていたりと、目を凝らして探さなければ気がつかない作品もある。「じっくり時間をかけて歩き、木彫りの猫を見つけてほしい」との思いがある。

春田酒店前にて、孝さん

「くー」は2022年7月に亡くなる

 孝さんによると、門前町にある商店の2階では蚕を飼っていた時期もあるそうで、ネズミ退治のために猫を飼っていた家もあった。「くー」たち親子は、その末裔(まつえい)かもしれない。

 手酌酒で楽しそうに日本酒を味わう木彫りの猫のモデルである「くー」は2022年7月5日、天寿を全うした。「ふと出て行って、向かいの家の軒下で雨にぬれていたので家に連れ帰って様子を見ていたら、2日後に亡くなりました。よくいうことを聞く猫で、可愛かった」と孝さん。店頭で時々、懐かしそうに木彫りの「くー」を眺めている。

 一方、雅子さんは石川県内の作家による「くー」を模した紙の作品と写真を見せてくれた。作品は位牌(いはい)の横に置いてあり、若々しい姿である。「くーは子どもに先立たれて可愛そうだったけど、一番長生きしました」と話した。

「くー」の姿を模した紙の作品を手にする雅子さん

 孝さんは「家に来た猫たちは皆、ご縁がある。だから、えさをあげて生き延ばせてあげたい。生きる権利があるから」と猫を可愛がる。一方、雅子さんも猫を可愛がっているが、「苦労してつかまえて避妊・去勢手術を受けさせるのは私の役目。簡単にえさをあげないで」と孝さんに注意を促す。それでも春田酒店に来る猫のことをいつも気にしており、結局は夫のえさやりを認めている。

キジトラなど新たな猫が姿を見せる

 雅子さんによると「最近は2匹、新しい子が来るようになった」とのこと。キジトラの新入りは、カメラのシャッター音を聞いて縁の下に潜り込んでしまった。時々やって来るキジトラの様子に「おなかが大きいように見える」と心配している。

春田さん宅の庭に姿を見せたキジトラ猫

 手酌酒の「くー」に誘われて人間が酒を買い求め、猫も入ってくる春田酒店は、八日通りを入ってすぐ左手にある。瑞泉寺前商盛会によると、八日通りの木彫りの猫も、伝統工芸の職人・作家の手で増えているそうだ。

若林朋子
1971年富山市生まれ、同市在住。93年北陸に拠点を置く新聞社へ入社、90年代はスポーツ、2000年代以降は教育・医療を担当、12年退社。現在はフリーランスの記者として雑誌・書籍・広報誌、ネット媒体の「telling,」「AERA dot.」「Yahoo!個人」などに執筆。「猫の不妊手術推進の会」(富山市)から受託した保護猫3匹(とら、さくら、くま)と暮らす。

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