「マキちゃん、みんなのことは私に任せて」(小林写函撮影)
「マキちゃん、みんなのことは私に任せて」(小林写函撮影)

事件発生で深い結びつきを実感 「牧子さんちの猫社会」家猫4匹が結託したあの日

 ある夏の朝のことだった。起床した牧子さんは、ベランダから家の猫たちがゾロゾロと家の中に入ってくる様子を目にして一気に眠気が吹き飛んだ。まるで「ただいまー」とでも言っているようで思わず笑ってしまったが、確認すると、コンブの姿だけが見えない。

(末尾に写真特集があります)

長女「マメ」の存在

 武蔵野のおもかげを残す東京近郊の緑豊かな街で、牧子さんは夫と4匹の猫と暮らす。

 猫たちの名前は、家に迎えた順に、茶トラの「オマメ(呼名:マメ/以下:マメ)」(推定16歳)と「チョロ助」(推定9歳)、サバ白の「おむすび」とキジトラの「コンブ」(ともに推定8歳)。チョロ助以外は、全員女の子だ。

 おむすびとコンブは姉妹だが、あとの2匹とは血のつながりはない。それでも4匹はいがみあうこともなく穏やかに暮らしている。

 それは「長女」のマメの性格によるところが大きいと、牧子さんは考える。

 マメが牧子さんのところへやってきたのは、2014年のゴールデンウィークだった。

 マメは友人が子猫のときに保護し、手塩にかけて育てた猫で、当時推定6歳だった。友人に子どもが産まれ、その子が重度の猫アレルギーだということが判明した。そのため、友人は身を切られる思いで、マメと面識があった牧子さんに託したのだった。

 当時ひとり暮らしだった牧子さんの家には先住猫「チャー」(オス、推定14歳)がいた。「チャーがいいって言ったらいいよ」と、牧子さんはトライアルのためにマメを預かった。

「こんにちは、マメです。籐の家はここに来るときの嫁入り道具よ」(小林写函撮影)

 2匹は初日に少しだけ「ウー」「シャー」と言い合っただけで、すぐに同居猫として互いに認め合ったようだった。マメは初日から積極的に家の中を探検し、チャーは、「水はここで飲むとおいしいんだよ」とでも言うかのように、マメを風呂場に案内するなど、家で快適に過ごす方法を伝授していた。

 マメが来て1年もたたないうちに、チャーは急逝した。もともと患っていた病気のために手術を受けたのだが予後が悪く、動物病院で息をひきとった。

 それからほどなくして、牧子さんは別の街へ引っ越した。引越し当日、姉が保護した子猫「チョロ助」を牧子さんは新居で迎えることになる。

全部で猫は4匹に

 チョロ助は、マメとそっくりな茶トラ猫だった。尻尾がくるんとカールしているところまで同じだった。牧子さんは「マメがいいって言ったら家の子にしよう」と考えて、とりあえず預かった。

 チョロ助は、かまって欲しいらしく、初日からマメのあとをついてまわった、マメはそれが相当うっとうしかったようで、よだれを垂らして逃げ回っていた。牧子さんは「マメがつらかったら、チョロ助はよその家にもらってもらうから、無理しないでね」と声をかけた。

 だが、マメがチョロ助を威嚇したり、手を出したりすることは決してなかった。2匹はすぐに適度な距離をとって過ごせるようになり、マメは、チャーがそうしたように、チョロ助に家の中のおきてを教えた。

「こんにちは。僕はいつもちょろちょろしてるからチョロ助ってんだ、よろしく」(小林写函撮影)

 さらに翌年、2016年のゴールデンウィークのことだった。当時は婚約者だった現在の夫と暮らしていた牧子さんは、けたたましい猫の鳴き声を耳にして外に出た。すると隣家の屋根から、子猫が転がり落ちてきた。生後数週間程度と思われる手のひらサイズの赤ちゃん猫で、屋根の上ではもう1匹、ニャーニャーと鳴く子猫がおり、夫が保護した。

 近所を縄張りとして暮らす母猫に置き去りにされた子猫たちだった。さすがに4匹飼うのは多すぎると思い、牧子さんは離乳させたら譲渡先を探すつもりだったが、これがおむすびとコンブ姉妹となった。

「牧子さんちの猫社会」

 2匹が牧子さんの家の猫になったのは、マメが温和で、2匹に危害を加えなかったことが大きい。牧子さんが乳のみ猫の世話を焼いている間も、マメはいつも遠くから子猫たちの様子をじっと見守っていた。

「いらっしゃい。私、コンブよ。後ろにいる姉さんのおむすびといつも一緒だからコンブなんですって」(小林写函撮影)

 姉妹猫は仲よく成長し、いつもくっついて行動するようになった。空気が読めずにやんちゃなチョロ助は、たびたびちょっかいを出そうとするが、2匹の世界には入れてもらえず、少し離れたところで陣取っている。そこからさらに少し距離を置いたところで、マメが3匹を見守るようにくつろいでいる。

 マメは、自分があとから迎えてもらった猫という経験があるから、新入り猫たちに対してやさしいのかもしれない。その寛大さが、あとから来た猫たちに安心感を与え、「牧子さんちの猫社会」の統率がとれているのだろうと思った。

 だから牧子さんは、食事やおやつを与えるときなどは、必ずマメを優先させた。そして、ことあるごとに労をねぎらい、「マメが一番かわいいよ」と声をかけてなでた。

 そんなマメが一度、ぎょっとさせる行動をとったことがあった。

「よかったね、コンブちゃん」

 ある夏の朝のことだった。起床した牧子さんは、ベランダから家の猫たちがゾロゾロと家の中に入ってくる様子を目にして眠気が一気に吹き飛んだ。まるで「ただいまー」とでも言っているようで思わず笑ってしまったが、確認すると、コンブの姿だけが見えない。

 3匹の猫たちは、そろって牧子さんを見上げて、何か言いたそうにしている。

 覚醒していく頭をめぐらせて考えた。猫たちは、なぜベランダに出ていたのか。それはマメの仕業だった。

「こんにちは、おむすびよ。おむすびに似ているからなんですって。納得しないでほしいわ」(小林写函撮影)

 マメは網戸を開けることができる猫だった。後ろ脚で踏ん張り、前脚を網戸にかけて引く姿を数回目にしたことがあった。だから気をつけていたのだが、昨晩は熱帯夜だったこともあり、うっかりサッシを閉め忘れた。

 外からは、激しい猫の鳴き声が聞こえてきた。2階のベランダから身を乗り出して地上を見ると、コンブの姿があった。

「ちょっと外の空気でも吸ってみよう」と全員でベランダに出た。ところが好奇心旺盛なコンブだけが下に降りてしまい、帰れなくなったのだ。

 牧子さんはすぐにコンブのところへ向かった。だが、捕まえようと焦ってコンブに近づくと、驚いて逃げてしまうかもしれない。

 そこで「あらコンブちゃん、そこで何をしているの」と言いながら、家に中でコンブに接するとき同様、何食わぬ顔でそっと近づいた。コンブに手が届く距離までくると、ガバッと素早く抱え上げた。

 無事コンブを抱えて戻ると、3匹の猫たちは「よかったね、コンブちゃん」とでも言いたそうな顔で、牧子さんの周りに集まってきた。

(次回は6月14日公開予定です)

【前の回】猫を迎え、日当たりのよい家に越したあの日 愛猫は姿を消し不安と焦りが広がった

宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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この連載について
あぁ、猫よ! 忘れられないあの日のこと
猫と暮らす人なら誰しもが持っている愛猫とのとっておきのストーリー。その中から特に忘れられないエピソードを拾い上げ、そのできごとが起こった1日に焦点をあてながら、猫と、かかわる家族や周辺の人々とのドラマを描きます。
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