「今回は僕の話も出るんだよ、アネラ」(小林写函撮影)
「今回は僕の話も出るんだよ、アネラ」(小林写函撮影)

猫たちを信じて暮らしを見守る 自分にできることは精一杯の愛情を与えること

 都心から離れた海の近くの街で夫と暮らす京子さんの家には、12匹の保護猫がいる。

 京子さんが猫を家に迎えるようになったきっかけは、2002年、自宅前の空き地に現れた、ケガをした子猫を守る猫の一家だった。この猫たちを通して外の生活の過酷さを知り、放っておけなくなり自身で保護するようになった。

 それから20年の間に、名前をつけ家に迎えた猫は20匹余り。亡くなったり、娘のところへ引き取られたりして、現在の数にいたる。

 京子さんの家は、築30年の2階建ての木造家屋だ。明るく風通しのよい畳の部屋がいくつもあり、12匹の猫たちは、2匹の大型犬とともにのびのびと過ごしている。

(末尾に写真特集があります)

出会いの多くは野良猫や捨て猫の溜まり場だった

 猫たちとは、犬の散歩中に期せずして出会うことが多かった。特に旦那さんが夜、遭遇することが頻繁で、「子猫をみつけたんだけど、どうする?」という電話が京子さんのところにかかってきては、保護をした。

 旦那さんの散歩ルートには、不妊去勢手術をしていない野良猫への無責任な餌やりによって増えてしまった猫たちの溜まり場が、いくつかあるようだった。そこにたまたま、1匹でぽつんとたたずんでいたり、明らかに人の手で捨てられたとわかる子猫がニャーニャー鳴いていたりするのだった。

 8年前に保護した茶トラのオス猫「夢麻呂」も、散歩ルートで出会った子猫だった。耳ダニがひどくからだも汚れきっていたが、とても人懐っこかった。家に迎えると、人間とも先住猫たちともすぐに打ち解けた。人見知りをせず、来客時にも愛想よくふるまう猫に成長した。

「夢麻呂だよ。僕がきっと母さんに一番かわいがられてるんだ」(小林写函撮影)

 京子さんが家に迎える猫はほとんどが子猫だった。そのためか、先住猫たちは最初の数日間は新入りを警戒しているが、それを過ぎると意外とすんなり受け入れた。特に初代猫「ペロ」は面倒見がよく、彼がボスとして君臨していた時代は猫社会が今以上によくまとまっていた。

集団で暮らす猫たちの社会性

 猫同士にももちろん相性がある。ちょっとした小競り合いや遊びから、たわいもない喧嘩に発展することはあったが、流血するほどの事件になったことはない。

 単独行動を好むといわれる猫だが、集団生活を送る能力を備えていることに京子さんは驚いた。

 1匹、変わり種もいる。ブリティッシュショートヘアのオス猫「カツオ」だ。ペットショップで売れ残っていたところを知り合いが引き取ったのだが、先住猫と折り合いが悪かった。それで「京子さんの家なら大勢仲間がいるから馴染めるのでは」と託された。

「カツオ、自己紹介した?」「これからしようと思ったのに、なんで名前言っちゃうの」(小林写函撮影)

 だがカツオは当時、すでに生後8カ月で子猫ではなかった。そのためか、先住猫たちの警戒心が半端ではなく、受け入れるまでにかなりの時間を要した。生まれてまもない頃に母親やきょうだい猫から離され、猫たちとの交わり方を知らないままショーウィンドーの中で育ったカツオは、猫社会では異邦人だったのかもしれない。

 家にきて11年がたつが、今もカツオはほかの猫とは交わろうとしない。だが、自ら好んで孤高の世界で生きているように見えるカツオは、それはそれで「味がある」と京子さんは思っている。

頼れるかかりつけ医の存在

 京子さんの家の猫事情をよく理解している、かかりつけの動物病院の獣医師A先生は、40代の女性だ。女性同士だからこそ、世間話を交えながらささいなことでも心おきなく相談できて心強い。ときに「これは獣医師の立場ではなく、個人的な考えですが」と言いながら、京子さんの気持ちに寄り添ってくれる。

 今年3月に亡くなったメス猫「ジジ」は、去年、消化器系の悪性腫瘍がみつかった。摘出手術をしたが再発し、週1回、静脈注射による抗がん剤治療を行うことになった。

 だが2回目でジジは激しく抵抗するようになった。病院に連れて行くときには鳴き叫び、診察台でも暴れた。

 A先生と相談し、やむなく治療は打ち切り、あとは自然に任せることになった。これ以上ジジにストレスをかけたくないという京子さんの思いを尊重しつつ、落ち込む京子さんを「この治療に最後まで耐えられる猫ちゃんはそう多くないですから」となぐさめてくれた。

「今日は夕焼けがきれいかもな」(小林写函撮影)

 現在、京子さんのところには2匹の猫免疫不全ウイルス感染症(猫エイズ)キャリアの猫がいる。本来なら、ほかの猫に感染させないように隔離して生活させるべきだろう。京子さんはそれをわかっていながら覚悟の上で同居させている。

 最初に家に来たエイズキャリアの猫は、2階の部屋で隔離生活をさせていた。だが、ほかの仲間たちがふすまの向こうでにぎやかに暮らす気配を感じながら、一生を終えることになるのは不憫だと思った。

 それをA先生に相談すると、猫エイズのおもな感染経路は、喧嘩による噛み傷がほとんどで、流血騒ぎさえ起きないように注意していれば、おそらく問題がないだろう、とのこと。そのほか、日常生活に関してのアドバイスをもらい、去勢手術後からほかの猫たちと同じ空間で過ごさせるようにした。

「ストレッチは息を吐きながらやるのがポイントだよ」(小林写函撮影)

精一杯の愛情を

 多頭飼いで辛いのは、1匹1匹の様子に日々細部まで気を配れないことだ。 

 ある日食事をとらなくなった「カンタ」というオス猫がいた。数日前まで家の中を走り回っていたのに、突然元気がなくなった。ちょっとした体調不良だと思っていたのに、病院に連れて行くと呼吸器に異常があり、心臓の動きも悪いとのことだった。

 預かってもらい精密検査をすることになった。数時間後に検査結果を連絡するとのことで、帰宅して待機していた。しかし、予定の時刻にかかってきた電話で知らされたのは、「容態が急変し、危険な状態」という、想像もしていなかったものだった。

 病院にかけつけると、カンタは危篤で、酸素室に入っていた。こちらの呼びかけに反応はするが、どんどん呼吸状態が悪くなり、30分後に息をひきとった。

 家に迎えて4年足らずで亡くなるというあまりにも早い別れはショックだった。もし一人っ子だったら、もっと早く異変に気がついてやれたに違いなかった。

 すべてにおいて、悔いが残らないようにすることは簡単ではない。それでも、縁あって家に迎えた猫たちに、愛情だけは精一杯与えてやろうと思っている。

(次回は7月22日公開予定です)

【前の回】ケガした子猫を守る野良猫の家族、そして死 外の過酷さを知った初代猫たちのこと

宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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この連載について
動物病院の待合室から
犬や猫の飼い主にとって、身近な存在である動物病院。その動物病院の待合室を舞台に、そこに集う獣医師や動物看護師、ペットとその飼い主のストーリーをつづります。
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