病院での出来事をたくさんみてきた、スタッフ猫のくるみ(山下さん提供)
病院での出来事をたくさんみてきた、スタッフ猫のくるみ(山下さん提供)

ペットの死を尊重したお見送り 動物看護師が家族と一緒にエンゼルケアを行う理由

 病院で亡くなったミニチュア・ダックスフンドのチョコ。動物看護師の山下怜可さんは、これまで飼い主に隠すようにして行ってきたエンゼルケアを、初めてチョコの家族と一緒に行うことにしました。その後も「飼い主と一緒に行うエンゼルケア」をつづけたところ、そこには想像を超える実り多い時間が広がっていました。全2回の後編です。

(末尾に写真特集があります)

「人生初の爪切りをしましょう」

 エンゼルケアを「一緒にやりますか?」との、山下さんからの突然の提案に、宗友さん家族は戸惑った様子だった。そこで改めて、「今からチョコちゃんの旅立ちの準備をするのですが、一緒にやりませんか?」と説明すると、3人とも「やります、やりたいです」と賛成してくれたという。

「そこからまた、チョコちゃんの小さい頃のことをお聞きしたり、私からも、『こんな時も来てもらいましたよね』『お注射苦手でしたよね』なんてお話もしながら、みんなで身なりを整えていきました」

ミニチュア・ダックスフンド
エンゼルケアを見直すきっかけをくれたチョコ(宗友さん提供)

 チョコは目やにが出やすい体質だった。通常のエンゼルケアでは、跡形もなく拭き取ってしまうものだが。

「ご家族が、『左目の涙がずっと出ていて、目やにがカチッとしてるのがチョコの特徴やから、取らんとこのままにしとこう』と言われるので、チョコちゃんのチャームポイントとして残しました」

 足先のケアを行う場面では、チョコは怒りん坊なところもあり、家族は自宅で爪切りをしたことがないと話した。

「じゃあ、人生初めての爪切り、やりましょうか」

 3人にひと脚ずつ担当してもらい、爪切りと足裏のバリカンかけを行う。「ちょっと、ガタガタになった、チョコ怒らんといてやー」「うまいなぁ、さすがお母さんやなぁ」

 にぎやかに会話しながらの、チョコの歩んできた日常がそのまま、目の前で繰り広げられているようなエンゼルケアだった。

「こんなに笑顔で送り出したのは初めて。チョコちゃんも心なしかほほえんでいるように見えました」

 前編で紹介したとおり、山下さんは母親との別れを通して、「死とは人生の一部であり、尊重すべきもの」と考えるようになっていた。今、目の前で行われているのは、「こんなふうに送ってもらえたら、チョコは一番うれしいに違いない」と思えるような、その死を尊重したお見送りそのものだった。

 そして、チョコを尊重したお見送りができたことにより、送る側の家族も、あたたかい気持ちに包まれているようだった。

ペットの棺
なきがらは棺に納める。エンゼルケアで闘病の跡を取り除き、きれいな姿にすることは、飼い主の悲しみを和らげることにつながる(山下さん提供)

エンゼルケアがもたらす豊かな時間

 この一件があったのち、スタッフの間で話し合いが持たれた。

「亡くなっても、ただのなきがらではなく、大切な家族であることに変わりはありません。動物が亡くなり、家族の感情が最も高まったところで引き離して、私たちだけでケアするのではなく、これからはチョコちゃんの時みたいにしたいねと、考え方が変わりました」

 もちろん抵抗のある人もいるだろう。そのため押しつけはしないが、エンゼルケアをする際は、飼い主に、「一緒にしましょうか?」とお伺いを立てるようにした。すると現在のところ、全員が同意してくれたという。

 以下に紹介するのは、これまでのびペットクリニックで行われた、エンゼルケアのシーンの例だ。

 患者さんの中で最高齢だった犬が、20歳を超えて亡くなった時の会話。

「地域にも、この子のファミリーがいっぱいいるので、このあとみんなが弔問に来てくれるのよ」と、誇らしそうなお母さん。ファミリーとはお友達の犬のことだ。20年間の人生で、ご近所の人気と尊敬を集めてきたに違いない。

「じゃあカッコよくしないとダメですね」と山下さん。毛並みを整える動きも、自然と軽快になる。

 火葬に抵抗があると打ち明ける人もいた。「火で焼いたら熱いんちゃうかなって、主人が言うんですよね。自宅の山で土葬してもいいかなあ」と悩む女性に、こんなアイデアを出してみる。

「ただの土葬じゃなくて、樹木葬っていう考え方もありますよ。埋葬した場所に木を植えて、毎年〇〇ちゃんの花が咲くとか、実がなるとか、そういうのもいいかもしれませんね」

 年に一度、愛らしい花や果実に姿を変えて、ペットが会いに来てくれる。こんな未来を想像すれば、別れのつらさが和らぎそうだ。

三毛猫
愛するペット。だからこそ、その死を尊重し、ペットがうれしいと感じてくれるような送り方をしたい(山下さん提供)

「死んじゃったー」と泣きじゃくる小学生の女の子。母親と一緒に介護を頑張ってきた高齢犬をついに看取(みと)り、涙が止まらない。山下さんはブラッシングで毛を集め、ボールを作って渡した。

「これやったら〇〇ちゃん、そばにいるみたい」。女の子に笑顔が戻った。

 息を引き取った愛犬を抱いたまま、どうしても離せなくなったお姉さんもいた。家族は「エンゼルケアしてもらおう」と言うのだが動かず、重苦しい空気が立ち込める。山下さんはこう声をかけた。

「おひざの上でしていいですか?」

 汚れないよう、お姉さんのひざの上にペットシーツやタオルを何重にも敷き、抱っこしてもらいながらケアしていった。

思い出話の中から笑顔が返ってくる

 最初は泣いてばかりという人も多いが、エンゼルケアをしている間に、ポツリ、ポツリとペットとの思い出を話してくれる。最後は自らブラシを手に取って、ブラッシングを始める人もいるという。いつもそうしてきたであろう、ペットをいとおしむ手つきで。

「どの人も悲しみは深い。でもエンゼルケアで思い出話をしてくださる中から笑顔が返ってきて、その子を笑いながら見つめてくれる人もたくさんいらっしゃいます」

「死」というものが大きすぎるあまり、多くの人はそれを前にすると、これまでペットと過ごした楽しさに目が行きにくくなると山下さんは言う。

「死を小さくすることはできないけれど、お話をすることで、その子といられた幸せを、心の中で大きくするお手伝いができます。そうすることで、死ではなくてその子自身を見つめ、その子を思い尊重してお見送りできる環境を、整えてあげられたらと思っています」

 最近、うれしい出来事があった。宗友さん家族が、新しく迎えたという、メスのミニチュア・ダックスフンド「ココア」を連れて来院してくれたのだ。

ミニチュア・ダックスフンド
ココア。チョコと違い、やんちゃな性格(山下さん提供)

 もしチョコとの別れがつらいだけの体験だったら、別れの舞台となった病院に、再び足を踏み入れたくないかもしれない。

 死という人生の大きなイベントを、苦しみだけで終わらせないために。山下さんはこれからも、動物病院というこの場所で、ペットと飼い主にとってかけがえのない「最後の時」を大切に迎えていくつもりだ。

(次回は5月10日に公開予定です)

【前の回】病院で息引き取ったダックスを見送る家族 動物看護師がみた「悲しみだけでない別れ」

保田明恵
ライター。動物と人の間に生まれる物語に関心がある。動物看護のエピソードを聞き集めるのが目標。著書に『動物の看護師さん』『山男と仙人猫』、執筆協力に動物看護専門月刊誌『動物看護』『専門医に学ぶ長生き猫ダイエット』など。

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この連載について
動物の看護師さん、とっておきの話
動物の看護師さんは、犬や猫、そして飼い主さんと日々向き合っています。そんな動物の看護師さんの心に残る、とっておきの話をご紹介します。
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