路地でクルクル回っていた全盲の子猫 あるがままの自分を生きる

 夏のある日、庭に出ると、子猫の叫び声が聞こえてきた。目の前の路地で、パニックになった子猫がクルクルと回り続けていた。抱き上げると、痩せてうす汚れたその猫は、両目がつぶれていた。

(末尾に写真特集があります)

保護されてひと月足らずの頃。庭に出ると心細げ
保護されてひと月足らずの頃。庭に出ると心細げ

「眼球がありません」

 子猫は、まだ生後1~2か月ほどだった。路子さんが抱き上げると、その子はさらにパニックになって鳴き叫んだ。自分に起こっていることが見えず、怖くてたまらないようだった。

 連れて行った先の獣医さんは、子猫を見るなり、あっさりと言った。

「あ、眼球が両方、もうありません」

 生まれつきなのか、生まれて間もなく雑菌で溶けたのか、カラスにでもつつかれたのか、わからない。劣悪な状態で生まれ育ったことは間違いなかった。

 東京から2時間ほどののどかで温暖な海辺の町が気に入って、路子さんが都内から越してきて4年。目のつぶれた猫と出遭うのは、もうこれで3度目だ。

 この町は、猫をいじめる人もいないが、飼い方に責任を持つ人も少ない。「昔から猫はその辺にいるもの。不妊去勢なんてかわいそう。弱い猫が淘汰されるのは自然の摂理」といった風潮の田舎は今も多い。この市では、昨年まであった、不妊去勢手術への市の補助金予算が今年からゼロになった。

お気楽先住3兄弟。左から、エル(3歳半)、ウイ(2歳)、クルミ(1歳)
お気楽先住3兄弟。左から、エル(3歳半)、ウイ(2歳)、クルミ(1歳)

4匹目の保護猫

 路子さん夫婦が自宅で面倒を見ている3匹は、みなこの地で保護した猫で、今回保護した子猫を入れると4匹になる。

 最初に保護したのは、長毛のエル。生後ひと月くらいのとき、兄弟2匹で草むらに捨てられていた。エルだけ助かったものの、すでに視力を失っていた。

 その次が、アメショーもどきのウイ。車が行き交う大通りの真ん中で右往左往していた。双眼が白濁しているが、大きな形や光はぼんやりと察するようで、庭でぼうっと空を見上げているのが好きだ。

 昨年秋に保護したのが、唯一目の見えるキジトラのクルミ。路上で下痢を垂れ流し、衰弱しきって、立つことさえできずにいた。今では、子リスのように走り回っている。

 そんなワケアリ先住猫たちが暮らす家にやってきた新入り猫は「ふっくん」という名をもらった。

「キャットタワーものぼれるよ!」
「キャットタワーものぼれるよ!」

盲目でも何も変わらぬ猫

 すでに盲目の2匹がいることから、事故防止・脱走防止のため、ウッドデッキも門周辺も、路子さんの日曜大工でぐるりとネットで囲んである。玄関やお風呂のドアもけっして開け放しにはしない。災害時の搬出対策も万全だ。

「そうしたことさえ気をつけてやれば、猫たちは、目が見えないことなどものともせず、好き放題にやんちゃを楽しんでいます。見えない分、音や匂い、気配に敏感。食べ物の匂いにはとくに敏感で、人間のおかずに手を突っ込んで怒られても、まったく懲りない」と、路子さんは笑う。

 天井までの手作りキャットタワーもするすると登り、するすると降りる。家具の配置も、猫ドアの場所も、ちゃんと把握している。ふっくんもすぐに覚えた。どこにいても、「ふっくん」と呼べば飛んできて、体によじ登り、甘えて指をかじる。

「そう、彼らの毎日は、ふつうの猫とまったく変わりません。『目が見えなくて、こんな外見で、哀れ』と言う人がいるけれど、なぜそんなことを言うのかな」と、路子さんは思う。「当の猫たちが一切気にせず暮らしているのに」と。

 それぞれ保護した当初は、里親を探すことも考えたそうだ。

「でも、目の見えない猫と暮らしたことがない人は、大変だと思い込んでしまう。実際は全然大変じゃないんだけど。だから、みんな引き受けちゃいました」

「それに」と、路子さんはにっこり笑って言葉をつないだ。「ほんとうに可愛いんです、この子たち、やることなすこと」

庭には大きなヤシの木があって、猫たちの木登りチャレンジ心を満たす
庭には大きなヤシの木があって、猫たちの木登りチャレンジ心を満たす

楽しいことを探す毎日

 猫は、野生動物ではない。長い歴史の中で、人に寄り添ってこそ寿命を全うできる動物となった。

「猫を可愛がるなら、餌だけあげるのではなく、ちゃんと不妊去勢をし、体調管理もしてやってほしい。手当てが遅れて盲目になる子猫が多いんです。たとえ病気や障害を持ってしまっても、見守ってやれば、その子はしあわせな一生を過ごせます。可哀そうな猫とは、障がいのあるなしではなく、人に見捨てられた猫。自分のできることをしながら、この町で暮らす猫たちの環境を変えていきたい」

 路子さんは、視力のない猫たちと暮らして、人間の先入観の及びもしない彼らの「あるがままの自分を生きる能力」に目を見張る思いでいる。彼らは、「ない」ことなど気にもとめない。

 今あるいのちと身体能力をフルに発揮して、毎日「楽しいこと」探しをしている。失敗しても、何度も何度も挑戦する。エルくんは、高い塀をよじ登っての脱出に挑戦中だ。ふっくんもそのうち、お兄ちゃんたちと庭のヤシの木に登るだろう。4匹とも、お日さまの温もりと草の匂いとママの声が大好きだ。

「この子たちと暮らしていたら、たいていの試練は『ケセラセラ』になります(笑)」

 4匹をいとしげに見やりながら、路子さんは話しかけた。

「ずっといっしょに楽しく生きていこうね」

【前の回】海辺のホテルの不思議な時間 引き寄せられるワケあり猫と人々
【次の回】下町の喫茶店、15歳の看板猫 足腰が弱っても客もてなす心意気

佐竹 茉莉子
人物ドキュメントを得意とするフリーランスのライター。幼児期から猫はいつもそばに。2007年より、町々で出会った猫を、寄り添う人々や町の情景と共に自己流で撮り始める。著書に「猫との約束」「里山の子、さっちゃん」など。Webサイト「フェリシモ猫部」にて「道ばた猫日記」を、辰巳出版Webマガジン「コレカラ」にて「保護犬たちの物語」を連載中。

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この連載について
猫のいる風景
猫の物語を描き続ける佐竹茉莉子さんの書き下ろし連載です。各地で出会った猫と、寄り添って生きる人々の情景をつづります。
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