「入りたい」「ダメ」 猫と警備員の攻防 尾道市立美術館

ムッとしながら立ち去るケンちゃん
ムッとしながら立ち去るケンちゃん

 穏やかな瀬戸内の海と島々を見下ろす尾道市立美術館。のんびりしたこの風景の奥で、激しい攻防が毎日のように繰り広げられている。美術館にどうしても入りたい猫と、それを優しく阻止する警備員さんとの熱い闘いだ。2 017年に攻防の様子をTw i t t e r にU Pしたところ、約8 . 5 万リツイートされ、フォロワー数5万人の人気アカウントに急成長! 攻防は現在も続いており、2 018年にはもう一匹の猫が侵略行為に加わって微笑ましさを激化させている。

(末尾に写真特集があります)

正面突破をこころみた黒猫

 猫が最初に尾道市立美術館内部への正面突破を図ったのは、2017年3月。学芸員の梅林信二さんは、その時の衝撃を次のように語る。「エントランスが騒然としていて慌てて駆け付けたら、中に入ろうとしている黒猫のケンちゃんを警備員の馬屋原さんが阻止しているところでした」。

 ケンちゃん(推定5歳♂)は隣のレストランの猫で、それまでも入口付近まで遊びに来ることはよくあったが、中に侵入しようとしたのはこの時がはじめて。折しもこの時期、尾道市立美術館では猫を題材にした作品を集めた『猫まみれ展』が行われていた。ケンちゃんが侵入を思い立った理由として、外から見える場所に籔内佐斗司さんの彫刻作品『猫も歩けば』が展示されていたことを指摘する関係者もいる。

 とてもリアルな黒猫作品だったため、それを見たケンちゃんが「ここは猫も入れる場所」だと勘違いしてしまったと推測されているのだ。ともあれ、これをきっかけにケンちゃんと警備員さんの攻防は日常化し、その緊迫(?)の瞬間を日々伝える尾道市立美術館のツイートを手に汗握って見守るファンが日本中に溢れた。

幸福感に満ちた休戦合意
幸福感に満ちた休戦合意

茶トラが援軍に

 孤軍奮闘するケンちゃんに援軍が現れたのは2018年10月。登場したのは、ケンちゃんと同様に4年位前から美術館周辺に出没するようになった茶トラのゴッちゃん(推定5歳♂)だ。2匹は距離を取って個別に侵入作戦を展開しているが、裏では鼻を付け合って情報交換する姿が目撃されることもあるという。

 尾道市立美術館攻防戦最大の見どころは、侵入したい猫たちを受けて立つ警備員・馬屋原定雄さんの慈しみに満ちた迎撃。そのデリケートな扱いに猫たちは侵入という目的をすっかり忘れて馬屋原さんをうっとり見上げ、安心しきって抱っこされながら排除される様子もしばしば見られる。

 馬屋原さんは「ケンちゃんが1日2、3度、ゴッちゃんが数日に1度程度、侵入するそぶりを見せます。ケンちゃんはあきらめが早く、ゴッちゃんはやや粘着質ですね。最近は入口横にある巨大な三毛猫オブジェの裏を回って来るという頭脳プレーを見せることもあるので気を抜けません。でも、猫たちが本気を出していないと感じることもあります」と笑顔になる。

 来訪者から、「ケンちゃんとゴッちゃんは構ってほしくて来ているみたい」と言われることも多いそう。尾道市立美術館の攻防は海外のメジャー新聞にもたびたび取り上げられ、今や世界中が固唾を飲んでこの戦いの推移を注視している。

 尾道市立美術館に警備員さんがいるのは特別展が行われている時だけ。とはいえ、特別展が行われていない時にも猫たちはエントランスに現れる。その時期には受付から一報を受けたスタッフが駆け付けて丁重にお引き取りいただいているそう。エントランスは二重ドアになっており、この完璧な体制のもと猫たちが奥のドアを突破したことはない。

 だから美術館の中で生きた猫と出会うことはないが、ここには夭折した日本画家、片山牧羊『春宵臥猫図』という妖艶な猫の作品がある。

籔内佐斗司さんの彫刻作品『猫も歩けば』に興味津々のケンちゃん(写真提供・尾道市立美術館)
籔内佐斗司さんの彫刻作品『猫も歩けば』に興味津々のケンちゃん(写真提供・尾道市立美術館)

美術館周辺のガイドにも

 ほのぼのとした攻防戦を終えると、侵入をあきらめたケンちゃんが敷地の外へと歩きだして振り返る。追いかけると、時々立ち止まりながら美術館の周囲をゆっくり案内してくれた。裏口のベンチ、一面に桜が植わっている斜面、しまなみ海道を一望できるビューポイントなど、たくさんの猫たちがノビノビと暮らしている尾道の風景はとても気持ちがいい。

 そして最後に向かったのは、美術館の隣にあるケンちゃんの自宅『プティアノン・レストラン』。見事な誘導に思わず入店してランチを食べたところで、ねんごろなガイドは営業活動だったのかとケンちゃんの賢さに遅まきながら感心してしまった。

 猫たちがエントランスに現れることが多いのは開館直後の午前中と15時過ぎ。この日もお昼を過ぎると猫たちはそれぞれお気に入りの場所に出かけてしまった。尾道は車が入れないだけでなく、人が踏み込めない猫道もたくさんあるのだ。

 そこで追跡を断念して美術館に戻り、ミュージアムショップをチェックする。猫グッズが豊富にそろっていて、もちろんケンちゃん・ゴッちゃんグッズもある。3月には攻防戦を集めた新しいミニ写真集も登場予定だそう。ますます目が離せなくなってきた尾道市立美術館の攻防を見守っていきたい。

(猫びより3月号掲載/文・吉澤由美子 写真・じゃんぼよしだ)

(*ゴッちゃんはその後、引き取られ、飼い猫になりました)

尾道市立美術館 
広島県尾道市西土堂町1 7 - 1 9( 千光寺公園内)
TEL 0848-23-2281 開館時間:9:00~17:00(入館は16:30まで) 定休日:月曜(祝営業)・年末年始・展示替え期間 ※特別展の場合、変更あり
https://w w w . o n o m i c h i - m u s e u m . j p
T w i t t e r :尾道市立美術館 @ b i j u t s u 1

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