猫を腎臓病から救える! 進むAIM製剤の研究開発

 猫は腎機能障害を起こしやすく、腎不全は猫の長寿を阻む大敵だ。その猫の腎不全を改善・予防する“AIM製剤”が数年後には実用化されるらしい。そこで、AIM製剤の研究開発を行っている東京大学大学院医学系研究科の宮崎徹教授、研究に協力している獣医師の小林元郎先生と猫の飼い主・岩崎裕治さんにお話をうかがった。

(文・吉澤由美子 写真・じゃんぼよしだ)

猫と腎臓病

 ロシアンブルーの楽ら くちゃん( ♀ )は、代々木八幡の高台にあるマンションに住んでいる。2歳で腎不全を発症しながらも、去年の夏に15歳の誕生日を迎えた奇跡の猫だ。この楽ちゃんは、一昨年から昨年にかけて画期的な治療薬〝AIM製剤〟の研究に協力した。

 楽ちゃんの主治医で、AIM製剤研究に協力している小林先生(58歳)は、成城学園前駅近くの閑静な住宅街にある成城こばやし動物病院の院長。他の動物に比べ猫の死因には腎不全が突出して多く、小林先生も30年の診療経験からそのことを実感してきた。

「腎臓は血液を濾ろ過かして老廃物を取り除くフィルターのような役割を果たしていますが、猫はこのフィルターが目詰まりを起こしやすい。だから猫には腎機能障害が多いんです」

スタッフ猫のポッケ(5歳♂)と小林先生。「猫は距離感が素晴らしい」
スタッフ猫のポッケ(5歳♂)と小林先生。「猫は距離感が素晴らしい」

AIMと猫が運命的につながる

 小林先生は動物の健康寿命を延ばすための医療に力を入れており、動物版メタボリックシンドローム対策の導入に向けた研究に携わっている。その参考にと〝肥満のメカニズム〟についての講演を聴いたことが腎臓病リスクの高い猫の未来を大きく動かす。

 講演を行ったのは、1999年にAIMという血液中に含まれるタンパク質を発見してその研究を続けている東京大学大学院医学系研究科の宮崎徹教授。その講演で「猫には機能するAIMがないので肥満に制御がかかりにくい」と耳にして驚いた小林先生は、改めて詳しい話を聞きに宮崎教授のもとを訪れる。

「話の最後に何気なく、〝AIMで腎臓病が治ります〟と付け加えたので、また驚きました。それで猫は突出して腎不全が多いことを伝え、猫の研究をおすすめしました」

「ヒトのためのAIM製剤も実用化に向けて急ピッチで研究が進んでいます」と宮崎教授
「ヒトのためのAIM製剤も実用化に向けて急ピッチで研究が進んでいます」と宮崎教授

究極のデトックスタンパク質AIM

 次に、AIMを発見し、研究を行っている宮崎教授にお話をうかがおうと東京大学に向かう。宮崎教授のラボがあるのは、歴史を感じさせる東京大学附属病院の隣にある真新しい研究棟。

「AIMがマウスの腎臓病に効くことはわかっていました。そこで、友人の獣医師にさまざまな動物の血液を提供してもらって調べたところ、猫にはAIMがあるのに全く機能していないことがわかりました」

 血液を提供してくれた友人に加え、小林先生からもすすめられたことをきっかけに、宮崎教授は猫とAIMの研究を本格的にスタートさせる。

「AIMは普段、別のタンパク質にくっついています。AIMが戦闘機で、AIMがくっついているタンパク質は空母のようなもの。身体にちょっとした不具合があると空母から戦闘機であるAIMが離陸してフリーになり、修復を指揮して身体の恒常性を保っています」

 ところが、猫の戦闘機は空母にがっちりくっついており、修復を指揮するフリーのAIMがない状態。猫に腎臓病が多いのはこれが原因となっていたのだ。そして、機能するフリーのAIMを外から補うと腎臓の目詰まりは解消できる。

「AIMは腎臓以外の不具合解消にも役立つ究極のデトックスタンパク質ですから、投与はさまざまな病気や肥満の予防と治療につながります。実用化されたら30歳以上の猫も珍しくなくなると思います」

 猫のためのAIM製剤は現在、薬事申請に用いる治験原薬完成に向けたデータ収集が終盤を迎えている。AIMの大量生産というハードルもクリアできたため、早ければ2020年にも猫のためのAIM製剤が実用化される見込みだ。実用化されて何年か後の〝猫びよりご長寿猫特集〟では30歳オーバーの猫たちを紹介できるかもしれない。

「愛想がないところがまたかわいい」と溺愛する岩崎さん
「愛想がないところがまたかわいい」と溺愛する岩崎さん

久しぶりにご飯をおねだり

 冒頭で紹介した楽ちゃんは、このAIM製剤の研究に参加した猫。主治医である小林先生は、「楽ちゃんは今15歳ですが、3歳の時すでに腎臓の状態がかなり悪く、6歳まで保たないかもしれないと飼い主の岩崎さんに伝えました。その時、岩崎さんは『10歳を目標にします』と即答しました。その言葉通り、岩崎さんはあきらめなかった。献身的に治療を続けて15歳を迎えたのは本当にすごいことだと思います」と教えてくれた。

 岩崎さんは、「10歳の誕生日を迎えた時はうれしくてうれしくて、いいワインを開けて祝いました」と笑顔になる。

「昨年と一昨年、合わせて3回のAIM製剤の投与を受けて、そのたびに腎臓の値が改善しました。数値は徐々に戻ってしまうので、実用化を心待ちにしています」と優しく楽ちゃんをなでる。さらに、食が細い楽ちゃんが、AIM投与後旺盛な食欲を取り戻したことにも驚いたそう。「数年ぶりにご飯をねだられて本当に感激しました」と目を細める。

 楽ちゃんと岩崎さんをはじめ、腎臓病を抱える猫たちとそれを見守る飼い主さんのために、AIM製剤が一日も早く実用化されることを願ってやまない。

猫の健康寿命を延ばすために、今できること

「AIM製剤実用化で、猫の健康寿命は確実に延びると思います。でも、飼い主さんがしてあげられることは他にもあります」と小林先生。特に重要なのは、嗜好・体重・飲水量の変化をしっかり観察することだそう。

「飼い主さんの観察で病気を早期に発見できれば、猫ちゃんがつらい思いをせずに改善できるケースが多く、治療費用も抑えられます。猫ちゃんが病院嫌いでも、スマホの動画撮影や自宅採尿など、通院ストレスを抑えた診療も可能ですよ」

 それぞれ異なる猫の性格、自分のライフスタイルや考え方に合わせるためには、なんでも気兼ねなく相談できる獣医さんの存在が不可欠だそう。これでウチのコも未来のご長寿猫になれるかも!

辰巳出版が隔月で発行している猫専門誌です。猫愛にあふれる企画や記事の質に定評があります。

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この連載について
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